忍法退学処分。
「う……」
才蔵は目覚めた。
体を起こす。
見慣れない部屋だったが、見当はついた。
「ここは、保健室か」
ベッドが二つに棚がいくつか、それに机と椅子。
学内でベッドが有る部屋など、他に思いつかなかった。
学内で無ければ病院ということになるか。
「無様ですね。才蔵どの」
毎日聞く冷淡な声。
ベッドの横に蛍火が居た。
木製の椅子に腰かけている。
学校の備品だろう。
「何がどうなった?」
「魔法が暴発したのよ」
見れば、蛍火の後ろにマリーも居た。
「忍者嫌いの……」
「マリースチュアートよ」
「ふむ」
覚えた。
だが、魔力が暴発したというのは……。
「杖から正しく魔力を解放するには、正しく呪文を唱える必要が有る」
「あなたの呪文はどうしようもなくおかしいのよ」
「わかったら、とっとと学園から……」
「自分の呪文が、どうおかしいと?」
「……」
「ウィーグリッシュ」
「……え?」
「あなたの呪文は、どうしようもなく訛っているのよ」
訛り……。
そんなものが枷になるのか。
才蔵はぼんやりと部屋の壁を眺めた。
「おい! 才蔵!」
少し慌てた様子でリンカーンが入室してきた。
「学園長が、お前に話が有るってよ」
「……? わかった」
才蔵は一階の保健室から二階の学園長室へ向かった。
入室する。
豪華な木製の机の上で、学園長は手を組んでいた。
本校の学園長は若い女性。
若いとは言うが、本当の年齢は誰も知らなかった。
スタイルが良く、魔法使いのローブも違和感なく着こなしている。
その下には上乳を見せるタイプの薄緑色のドレス。
胸の大きさにも自信が有るようだ。
ウェーブがかった前髪の下で、銀縁眼鏡が光っていた。
「残念ですが、君を退学処分とします」
突然に、決定がつきつけられた。
「退……学?」
「はい」
学園長は真顔だった。
冗談では無い。
「家柄が良く、勉学も優秀だったので入学を許可しましたが……」
「まさか、子供でも扱える初等魔法が使えないとは」
「今後は、入学試験の方法も考える必要が有るようですね」
「待ってください!」
ドンと才蔵は机を叩く。
納得がいかなかった。
「一度の失敗で退学とは、あんまりではないですか!」
「爆発をしたのでしょう? 健康に悪そうです」
「健康などどうでも良い! 何卒、今一度の機会を……!」
「う~ん……そうですねぇ」
学園長は思案し、そして……。
「一週間?」
「うむ」
才蔵と蛍火。
二人は学園の運動場に立っていた。
放課後になり、生徒のほとんどは帰宅した。
クラブ活動に勤しむ僅かな生徒が残るのみだ。
魔法の学校だが、クラブの全てが魔法に関係有るわけでは無い。
生徒たちがボールを追いかけて走り回っていた。
この国独自のスポーツで、フットボールという名前らしい。
若者に一番人気の競技だった。
面白そうだなと思いつつ、才蔵は話を進める。
「一週間で何らかの結果を出せば、在学を認められることになった」
「出来ますか?」
「炎魔忍軍再興のために、特訓あるのみだ」
才蔵は杖を掲げた。
「ふぁいあぼると!」
爆発。
「へぶっ!」
才蔵は大きく仰け反りながら倒れた。
「才蔵どのっ!」
蛍火が珍しく大声を上げた。
「なんの……」
才蔵はすぐに立ち上がり、鼻を押さえた。
ほっ。
蛍火の口から溜息が漏れた。
「爆発に備えていれば、耐えられるとわかった。これからだ」
「止めましょう」
「うむ」
……。
「……うむ?」
何を言っているのだと、才蔵は蛍火を見た。
「魔法など、使えなくても良いでは無いですか」
「魔法を克服しなくては、我々忍者の未来は……」
「才蔵どの」
「才蔵どのには、魔法の才は無い」
「才が有るからやる。そういうものでは無いだろう」
「私がやります」
「何?」
「私が才蔵どのの言う、魔法忍者になる」
「才蔵どのは、黙って見ていれば良い」
蛍火の冷たい瞳が才蔵を射抜いた。
才蔵は、何だかやるせない気分になった。
自分は炎魔の頭首として、蛍火に認められていない。
蛍火の言動の端々から、そう痛感するのだ。
「蛍火、お前が前に言った、俺に欠けているものとは何だ?」
どうすれば、俺を認めてくれる。
強さか。
俺がお前より強ければ、それで良いのか。
「知ったところで、どうしようもない話です」
蛍火の、突き放す言葉。
彼女は才蔵に背を向ける。
「自分で見つけるしか無い」
離れていく。
見放されているのか。
忍として大切なものが無いから。
魔法も使えない無能だから。
……一人になった。
一人残されても、才蔵には前に進む以外に無かった。
「ふぁいあぼると!」
爆発。
無様に倒れ伏す。
クラブの連中も、自分を笑っているのだろうか。
ふと、そんなことを思った。
「さすがに、毎回爆発していては、身がもたんぞ」
弱音を吐く。
蛍火が居なくなったからだと思った。
一人とは辛いものだ。
二人よりも、頑張れない。
だが、頑張るしか無い。
立ち上がる。
「まずは考えてみよう。自分の発音のどこが間違っているのか」
思考を声に出すのは、寂しさを紛らわすためだった。
誰も答えなくても、賑やかさが欲しかったのだ。
「全部よ」
答えのないはずの問に、誰かが答えた。
「む?」
マリースチュアートが才蔵の前に立っていた。
何かの部活の帰りなのだろうかと才蔵は思った。
「最初から最後まで全部。だから、とっとと諦めて……」
「スチュアートどの、具体的には?」
才蔵は、自分の発音の何が悪いのかを尋ねた。
この場に居るのは一人ではない。
それだけのことで、才蔵は活力を得た気がした。
「どうして私が、そんなこと教えなくちゃいけないのよ」
もっともだ。
才蔵は思った。
「交換条件ではどうだ? 俺が何か、スチュアートどのの言う事を聞くとか」
「いうこと……」
「退学?」
マリーは真顔で言った。
「それは困る」
才蔵は困り顔で返す。
「そうは言っても、別に頼み事なんて無いし……。う~ん」
「それじゃあ、明日から話しかけないで」
マリーの口から出るのはあくまでも突き放す言葉。
「御意」
才蔵に不服は無かった。
ここから一歩でも進めるのなら、もっと重い条件でも構わない。
「御意ってあなた……」
「まあ良いわ。約束だから教えてあげる」
「かたじけない」
「かたじけないって、アハハ」
マリーが笑った。
何かが面白いらしい。
才蔵には、何が面白いのかわからない。
「む?」
と、仏頂面を作るだけだ。
「な、何でもない。ちゃんと聞きなさいよ」
マリーの表情が真顔に戻る。
「うむ」
「まずは最初のF音。あなたはここから間違っているのよ」
「ふむ?」
才蔵は首を傾げる。
「Fは水穂には存在しない発音だから……」
「む?」
「人の発する音とは、五十音が全てでは無いのか?」
「……それで良く、試験に合格出来たわね」
「筆記は満点だったらしいぞ」
「そう。私も試験はいつも満点よ」
「それは素晴らしい」
「話を聞きなさい」
「ふむ」
「Fの音はこう……下唇を引いて上の歯に当てて、唇を吐き出すみたいに……」
実際に、マリーが実演する。
才蔵が理解できるように何度も。
「歯に?」
「ええ」
「何故そんな、面倒くさい事を……」
「それは、イーグリッシュが子音強調の言語だからよ」
「子音?」
「舌や唇で出す音が子音。喉で出す音が母音」
「む」
なぜか、才蔵の腕が喉へと伸びていた。
もごもごと喉仏を動かしている。
「水穂語は母音がしっかりしていれば通じるけど、イーグリッシュは子音がとても大事なのよ」
「まあ、母音も水穂の方が少ないのだけど、水穂人が無口だからかしら?」
「だけど、文字は水穂の方が複雑よね。多すぎて覚えきれないくらい」
「随分と、水穂語に詳しいんだな」
マリーのような若者が、随分と博識なものだ。
感心する。
「だって、私も若い頃は……」
マリーの口元が緩んだ。
「っ!」
マリーが体を反転させた。
それで、才蔵からはマリーの顔が見えなくなる。
「偶然よ」
なるほど。
優等生であれば雑学も豊富に相違ない。
才蔵は納得した。
「それより、Fの発音」
「ああ」
……。
「フぁいあ! ……こうか?」
「違う! FIRE!」
「フぁいあ!」
「もっと息を強く!」
「フぁいあ!」
「アクセントはア音に!」
飲み込みの悪い才蔵が理解するまで何度も繰り返す。
……気がつけば太陽は沈み、空には星が瞬いていた。
「もうこんな時間……」
「む」
「あなたの飲み込みが悪いからよ」
「面目ない」
「まあ、良いけど」
一拍置いて、マリーは言葉をつなぐ。
「あなた、家を再興したいって言ってたでしょう?」
「ああ」
「私も」
「む?」
「それ、私もだから」
マリーの顔が才蔵に近づいた。
息のかかる距離。
「忍者なんかには、絶対に負けない」
マリーの両の瞳が、才蔵のすぐ前に有った。
強い意志が感じられる。
だが、才蔵にはやはり、その瞳の色はわからなかった。
ふと、匂いがした。
女の匂いだと気がついた時、才蔵の頬が朱に染まった。
マリーの表情は揺るがない。
真剣だ。
才蔵の動揺を、気圧されたためと思ったのか。
マリーは少し満足気に体を離した。
「バイバイ」
軽やかに駆けていく。
「スチュアートどの!」
誰もいない運動場。
才蔵はマリーを呼び止める。
「この恩は一生涯忘れない」
マリーは一瞬才蔵をふりむくと、
「あっそ」
とだけ言って、駆けて行った。
綺麗な黒髪が上下に揺れ、やがて見えなくなる。
「……美しい」
才蔵はぽつりと呟いた。




