忍法微塵がくれ。……ではない。
才蔵の魔法学校での日々が始まった。
今は数学の授業。
だらけた格好の生徒が多い教室。
才蔵はぴんと背を伸ばしていた。
それで、教師の目にも止まりやすくなる。
生徒の目にも。
マリーは後ろの忍者が気になる様子だった。
ちらちらと、横目で様子を伺う。
才蔵はマリーの視線に気がついていた。
だが、授業中なので気にしないようにしている。
「では、この問を、炎魔才蔵、出来るか?」
「はい」
才蔵は黒板の方へ歩く。
チョークを持つと、整然と文字を書き入れていった。
カッカッと、固い音だけが響く。
「出来ました」
才蔵は教師の方へ向き直った。
数学教師はリヴァーインという男。
ひょろ長い体が特徴で、まつ毛が長い。
生理的に受け付けないという女生徒も居るが、人気は可もなく不可もなく。
長身というわかりやすい特徴の割には影が薄い先生だった。
その、リヴァーインが目を細めて言った。
「読めん。水穂文字が」
才蔵は黒板で、水穂の文字で計算をしていた。
「失礼。つい癖で」
「アハハハハ」
クラスに笑いが巻き起こった。
少し赤面しながら才蔵は席に戻る。
才蔵の席は教室の中央、最奥に有った。
隣の席の蛍火が言った。
「水穂の恥ですね」
無表情で。
「こ、答えは合っていた」
「そうですね」
「この学園、数学の程度はそれほどでもないようです」
マリーの体が一瞬ぴくりと動いた。
才蔵はそれに気がついていたが、特に気にしなかった。
……水穂は一部の国からは孤島の蛮人国家だと思われている。
だが、学問の程度は決して低くは無かった。
イーグルランドのように最先端の理論を編み出すことは無い。
一方で、外国から取り入れた理論をしっかりと咀嚼し、実用化していた。
才蔵も、一族の跡継ぎとして幼少から算術を学んでいた。
「ここは魔法の学校だ。算術をどうこう言っても仕方有るまい」
「そうでしょうか」
「うむ」
「ちょうど、次は魔法をやるようだぞ」
数学の授業が終わり、実習室へと歩いて行く。
(足音が、しない?)
マリーは、前を行く才蔵の足音が無い事に気がついた。
(凄い……これが忍術……)
(じゃなくて……。気持ち悪いヤツね)
何の役にも立たないじゃない。
マリーは心中で才蔵の妙技を否定した。
A組の生徒達は皆、実習室へと到着した。
広々として、机などは無い。
内部の仕上げ材はただの木に見えるが、魔法で強化してある。
建物が壊れないための処置だった。
魔法実技の教師が到着するまでの間、生徒たちは雑談をしていた。
「よっ、ニンジャ」
蛍火と並んで立っていた才蔵に声がかかった。
同じクラスの男子だった。
「才蔵だ」
「俺はリンカーン。よろしくな」
リンカーンの背丈は才蔵より二センチほど高い。
イーグルランド人の中でも長身の部類と言えた。
眉は細く爽やかで、眼差しは凛々しかった。
金色の髪は男にしては長い。
少し軽薄そうな男だと才蔵は思った。
あまり長い髪は女々しいと思っていたからだ。
だが、見た目で判断するのは良くないとも考えていた。
「ああ。よろしく」
「座学はなかなかだったが、こっちの方はどうなんだ? 使えるのか?」
魔法を。
「いや。これからだ。だが、やってみせるさ」
「やる気だなお前」
リンカーンが才蔵の背を叩いた。
馴れ馴れしい男だと思った。
イーグルランド人とは皆こうなのか。
だが、それほど嫌な気分でも無かった。
悪人ではない。
それで十分だと思った。
「ああ。一族の再興が自分の手にかかっているのだから」
才蔵は自分の心意気を話す。
「っ!」
びくりと体を動かしたのはマリーだった。
入り口近くに立つ才蔵の、五メートルほど前方。
マリーは目を尖らせて才蔵を見た。
ぎろりという言葉が良く似合う。
「睨まれた」
「そうだな」
「なぜ彼女は忍者が嫌いなのか」
「知ってるけど、重いからな。自分で仲良くなって聞け」
「仲良く。……なれるだろうか?」
「さぁな。難しいかもしれん」
「ふむ」
「あいつ、なんか友達つくらないからな」
「それはどうして?」
「少しなら話しても良いか。ん~とだな……」
「ちょっと!」
様子を伺っていたマリーが割って入る。
「有ること無いこと言わないでくれる?」
「へ~い」
あさっての方向を見ながらリンカーンは答えた。
マリーは才蔵を睨んで言う。
「私が忍者を嫌いな理由なんて、どうでも良いでしょう?」
「いや、原因が有るのなら、その原因を無くせば、仲良くなれるかもしれない」
「仲良くなる理由が有るの?」
「無いか?」「無い」
「ふむ……」
「それに、消せるものでは無いわ。嫌いな原因なんて」
マリーは才蔵から目を逸らしながら言った。
なぜ目を逸らしたのか。
才蔵はきょとんと目を広げた。
「は~い、それじゃあ二人組になって~」
魔法教師のタイニーファングが言った。
角刈り頭。
筋骨隆々の魔法使いらしからぬ体躯。
一度見たら忘れられない、彫りの深い男性的な顔立ち。
一方で、言動には妙になよなよとしたところが有った。
評価が割れる種類の教師だが、受け持つクラブの部員からは信頼厚い。
「ぐっ」
二人組になってという言葉に、マリーが呻いた。
「ぐっ?」
才蔵がリンカーンに尋ねた。
「ノーコメント」
「……」
(バカにして……だけど、あなたも編入生なんだから、一人余るのよ)
マリーは才蔵へと怨嗟の念を向ける。
(ぼっちの苦しみを味わいなさい)
「組むか。蛍火」「はい」
(チクショオオオオオオオオオオオ!)
マリーの念は届かなかった。
彼女は成績優秀な優等生だが、少し頭が弱かったのだ。
「待て」
タイニーファングが才蔵に話しかけた。
「先生」
「炎魔君は私とだ」
「ふむ?」
「編入試験の結果を見たが、皆と同じ授業はまだ無理だ」
才蔵が本学園に入学出来たのは、座学の成績が優秀だったため。
魔法に関する実績は皆無だった。
「蛍火は?」
同じ試験を受けたのでは無いのか。
「彼女は試験の成績も十分だった。ウチの授業でも十分にやっていけるだろう」
「き、聞いてないぞ」
才蔵は蛍火を咎める。
この下忍は、いつも自分の先を行ってしまっているようだ。
「言ってませんから」
「いつの間に魔法の訓練を」
「とっくに」
「あなたとは、忍としての気概が違うのです」
蛍火が、また笑った。
忍としての生き方。
その中に、蛍火を笑わせる何かが有るのか。
「なぜ笑う」
思わず口に出してしまう。
「笑う? 私は笑いなどしませんが」
嘘を言っているのか、無自覚か。
それとも……。
「俺の覚悟が、お前に劣っている?」
「あなたには、忍として大切なものが欠けている」
「大切なもの? それは……」
「授業を進めるよ。ニンジャトークは後にしなさい」
「はい……」
教師に言われ、しぶしぶ才蔵は引いた。
「炎魔……蛍火さん、君は、スチュアートさんと組みなさい」
女生徒のファーストネームを呼び慣れていない。
タイニーファングは少し詰まりながら蛍火に命じた。
「スチュアート?」
「マリースチュアート、彼女だ」
マリーが指さされた。
「はい」
てくてくと、蛍火はマリーの方へ向かう。
「……」
蛍火とマリーが向き合った。
がしりと、マリーは蛍火の手を掴んだ。
マリーにとって、教師以外との実習は初めてだった。
未熟な生徒と組むより、先生と組んだ方が得るものが多い。
理論武装は完璧だった。
……悲しいまでに。
そんなマリーに、初めての相棒が生まれたのだ。
「私、マリースチュアート。よろしく」
強く強く、蛍火の手が握られている。
「私も忍者なのですが」
バッと、マリーは後ろに飛んだ。
蛍火は掴まれていた左手を見た。
「に、忍者は嫌い」
「そうですか」
蛍火はマリーに無関心な様子だった。
「じゃ、じゃあ、授業の説明をするわ」
「はい」
「この授業では、お互いに攻撃魔法をかけあうの」
「受け手は魔法で防御する。わかった?」
「なんとも、悠長な話ですね」
「え?」
「三十歩までの距離ならば、手裏剣を使えば良い。一瞬です」
「魔法の授業だから」
「はぁ……」
蛍火は首を傾げた。
才蔵には、魔法にかける情熱が有った。
だが、彼女からは何の熱意も感じられなかった。
どうして彼女は魔法学校に居るのか。
それがマリーには疑問だった。
「炎魔くん、君にはまず、最低限の攻撃と防御の魔法を覚えてもらう」
才蔵はタイニーファングと向き合う。
「はい」
「モードイーグルの根源は言葉だ」
「正確なる発音は、正確なる成果へと通ず」
「まずはFIREBOLT。やってみなさい」
「はい」
才蔵は杖を構えた。
大気は魔力に満ちている。
人の体には魔力の通り道である魔力回路が有る。
言葉を引き金に、体内を通る魔力を現象に変換する。
これがイーグルランド式魔法、モードイーグルの仕組みだった。
足から杖を持つ右手へ。
魔力の流れをイメージする。
杖のおかげか、初心者の才蔵にも魔力の流れが感じられる気がした。
右手から杖へと渡った魔力は杖の機構によって増幅され……。
「ふぁいあぼると!」
ぼむ。
爆風が才蔵を襲った。
上手く行けば、杖から火の矢が放たれるはずだった。
だが、そうはならなかった。
杖から放たれた爆風は才蔵の脳を揺るがし……。
才蔵は、倒れた。
魔力の暴発で自爆したのだ。
「……爆発?」「あいつ、自爆したよな」「自爆て」
「ハハハ」「何だよそれ」「初歩の魔法でどうやったら自爆出来んだよ」
「ハハハハハハハッ!」
最初呆然としていたクラスメイト達が爆笑する。
編入生が、忍者で、自爆した。
もうおかしくてたまらないといった様子だった。
一方で、心配そうな顔をする者、必死に笑いをこらえる者も居た。
リンカーンは、やっちまったなといった感じで頭を押さえていた。
マリーは……。
何が気に入らないのか、不機嫌そうに顔を伏せていた。
「才蔵どの……!」
薄れゆく意識。
才蔵は、誰かに揺さぶられるのを感じた。
「しっかりして下さい!」
「才蔵どのっ!」
なんだか懐かしい。
才蔵はそう思った。
やがて、意識は闇に溶けた。




