忍者、魔法学校に編入する。
「あの……?」
少女は心配そうに、再度声をかけた。
才蔵ははっと我に返る。
「かたじけない。ですが、大丈夫です」
「あなた、水穂人?」
「はい。やはり、わかりますか」
「コテコテのウィーグリッシュ。顔つき。誰にでもわかるわよ」
「ウィーグリッシュ?」
「水穂風のイーグリッシュよ」
「……頑張って聞かないと、イーグリッシュに聞こえないのよね」
「む……。面目ない」
才蔵にとって、イーグルランドの言葉は難しいものだった。
文法も発音も、何もかもが違う。
己の未熟を恥じながら、才蔵は詫びた。
「別に、責めてるわけじゃないのよ」
少女もベンチに座る。
才蔵の隣へ。
「私、水穂の人と話す機会が無くって。ねえ。水穂ってどんな所?」
「水の豊かな所です。稲が良く育つ。だから水穂と呼ばれています」
「そんな、教科書に載っているような話じゃ無くって」
「実は、自分も多くを話せるほど水穂を知らないのです」
「どうして? 水穂人なんでしょう?」
「修業に日々を費やして来ましたから、世間の事はこれからです」
「あなた、サムライ? ヤギュウとかいう……」
「いえ、自分は忍者なのです」
「さよなら」
ガタリ。
急に少女が立ち上がった。
歩き、離れていく。
「ど、どうされました?」
「私」
「忍者が好きじゃないの。ごめんなさい」
少女が遠ざかっていく。
表情は窺い知る事は出来ない。
怒りの顔をしているだろうかと才蔵は思った。
才蔵は、少女が消えるまで一歩も動く事が出来なかった。
忍者が嫌い。
イーグルランドで初の友人が出来るかと思った。
なのに、存在を否定された。
予想外の出来事だった。
ある意味では、美術館での不採用よりも心に刺さった。
「忍者が、嫌い……」
どうして?
深く肩を落とす。
「才蔵どの」
ベンチの後ろから声がした。
「蛍火!」
「はい」
そこに居たのは、才蔵と同郷の少女だった。
炎魔蛍火。
140センチほどの小さな体を桜色の浴衣に包んでいる。
吊り目で、鼻は水穂人にしては低く無いが、鼻孔が小さい。
水穂人にしてはというが、蛍火は拾い子だ。
その出自はわからない。
長めの髪は後頭部でしばってまとめてあった。
足元には、歩きにくそうな高い下駄。
彼女は炎魔の里出身で、才蔵と同じく忍者の修業を積んでいた。
一族が死に絶え寂れた里で過ごしていたが、才蔵と共に出国したのだ。
才蔵は頭目の息子だったので、一応は才蔵の配下ということになる。
今は二人でロンドームの集合住宅に住み、家事は彼女が受け持っている。
「見事な遁術だ」
才蔵は、気配無く近づいた蛍火の技量を褒めた。
「どうですか? その後」
蛍火は尋ねた。
就職活動の結果を。
「良くは無いな」
「はぁ」
蛍火は関心の無さそうな声を上げた。
いつもそうだ。
彼女は無表情で、泣かない。笑わない。
「いくつか用心棒の面接を受けてみたが、全て落ちた。やはり今の時代、忍者の居場所など無いのかもしれん」
「そうですね。諦めましょうか」
「……駄目だ」
「居場所が無いのに?」
「無いのなら作れば良い。何か有るはずだ。今の時代に沿った、新しい忍者の生き方が」
「ちなみに、私は働き口が見つかりました」
「なんだと!? いったいどんな仕事だ」
才蔵は焦り顔になる。
「サーカスのジャグラーです」
言って、蛍火は多数の苦無や手裏剣をお手玉してみせる。
「……」
才蔵の顔が真顔に戻った。
いや、真顔と言うにはやや目と眉の距離が近い。
顎もだらしなく垂れ下がっている。
つまり、真顔では無いのかもしれない。
「天下の炎魔忍軍が、見世物ではないか」
「いけませんか?」
「いかん」
「はぁ」
「お前には、忍びとして重要なものが欠けている」
「重要なもの?」
蛍火は首を傾げた。
「命を賭して仕えるべき主君だ。お前も忍なら、それを見つけろ」
「そういう才蔵どのが、主君に仕えたことも無いのに?」
蛍火が、笑った。
笑わないはずのくノ一が。
いい笑顔だとは思わなかった。
才蔵は、見下されているように感じた。
「人に忠義を説けるほど、あなたは何をしっているのか」
薄ら笑いを浮かべるくノ一に、才蔵は何も言い返せない。
「どうした蛍火……。お前、何か……」
らしくない。
憑かれたのでは無いか。
どうして今に限って笑うのだ。
「何ですか?」
気がつけば、蛍火はいつもの無表情に戻っていた。
「いや……」
幻覚でも見たのかもしれない。
ただの表情。
これ以上言及する気にもなれなかった。
「既に炎魔は我らのみ。ならば、自分が頭領ということになる」
「若輩のくせに、頭首面をしてみたくなったのだ。すまなかった」
「止めましょう。そんな弱気は、才蔵どのらしくない」
あざ笑うような顔をしていたかと思えば、素直な励ましの言葉を吐く。
才蔵には目の前のくノ一が良くわからない。
もう何年も、わからない。
「……止める」
「はい。帰りましょう」
「そうだな」
家へ向かって歩きだした。
家賃の安いボロ宿へ。
公園から道へ出たところで、二人の警官とすれ違った。
「なんだか、警官がよくうろついているな」
「強盗事件が有りましたからね」
「強盗?」
「ええ宝石強盗が二件」
「犯人は未だ捕まっておらず、同一犯によるものと見て捜査が続けられています」
「二度も? 警備の魔法使いは何をやっていたんだ」
「犯人は優秀な魔法使いだったらしいですよ」
「優秀な魔法使いが強盗をやるのか」
「忍者も変わりません。炎魔は滅びましたが、他の忍は居場所を無くしてしまった」
「戦が我々の居場所か」
「はい」
「戦が続いた方が良かったのだろうか」
「忍者にとっては。……多くの人々が戦争で傷ついたと聞きます」
「まるで、忍者が世間の敵のようだな」
「今は大差ないでしょう」
居場所。
才蔵は居場所が欲しかった。
忍として、誰かに認めて欲しかった。
出来るならば、己が認める主君に。
父が仕えた織田信長公のような。
「しかし、そうか。魔法使いにも明確な優劣が有るのか。……そうだ!」
「何か」
「妙案を思いついたぞ」
「どんな妙な案ですか?」
「妙な案では無い。良い案だ」
一週間後。
グレイウッド魔法学園。
ロンドーム郊外に有る由緒ある魔法学校。
施工は魔法強化レンガによる。
四階建ての巨大な建築物だ。
周囲を木々と煉瓦塀に囲まれており、常人には近寄りがたい雰囲気を醸しだしている。
その一年A組。
生徒のマリー=スチュアートは大きく目を見開いた。
目の前に、有るべきでは無い姿が存在していたからだ。
担任のフォレストマウスが口を開く。
そこそこに生徒の人望も有る四十過ぎのベテラン教師。
中肉中背を灰色のローブで覆っている。
頭を五分刈りにまで刈っており、 口元には髭の剃り跡がはっきりと見える。
目は細く、表情がやや読みにくい。
それ以外はイーグルランド人の平均のような顔立ちと言えた。
マリーが驚いたのは、見慣れた彼の姿にでは無い。
「今日から我が校に編入することになった」
なった。
「炎魔才蔵君と、炎魔蛍火さんだ」
そうですか。
『忍者が好きじゃないの』
マリーが一週間前にそう告げた男が、何故か教室に立っていた。
「よろしくお願いします」
二人が頭を下げた。
……増えている。
忍者が二倍だ。
詐欺のようではないか。
これが分身の術という奴か。
マリーは勢い良く立ち上がった。
机ががたりと揺れる。
「スチュアート?」
突然立ち上がったマリーに、教師が疑問の声を投げる。
「なんで……」
「忍者が魔法学園に居るのよっ!」
衝動に任せ、マリーは叫んだ。
「忍者?」「マリーの知り合い?」「このクラスに二人も?」
「水穂の女の子ってちっちゃくて可愛いー!」「なんでこの時期に編入生?」
「静まれー」
マリーの叫びを皮切りに、生徒たちが騒ぎ出した。
編入生は珍しい。
皆、盛り上がりたくて仕方なかったのだ。
喧騒に我に返り、マリーはすっと着席した。
だが、才蔵の目は既に彼女に向けられていた。
「あっ! この前の、忍者嫌いの」
「人違いよ」
「人違いですか」
「ええ」
才蔵に追求する気持ちは無く、話はそこで終わった。
「静かにしないと、先生泣いちゃうよ」
泣いちゃうのなら仕方ない。
教室が静けさを取り戻す。
「それじゃあ炎魔、何か自己紹介とか。無いなら別に良いけど」
教師に促されて、才蔵は口を開く。
大勢に見られていたが、物怖じする様子は無かった。
「彼女が言ったように自分は忍者ですが……」
「皆様と共に、魔法の勉強をさせていただく所存です」
「はーい。何で忍者が魔法を勉強するの?」
手を上げて尋ねたのは、ジニーという少女だった。
髪を背中で三つ編みにして垂らし、顔には眼鏡という大人しそうな風貌。
衣装も学校指定の制服とローブで、自己主張が皆無な格好をしている。
そんな外見に反して、好奇心旺盛な少女だった。
彼女の質問に、才蔵が答える。
「ご存知のように、我々忍者は魔法使いに敗れ、今では日陰を歩む日々を送っています」
「自分は考えました。このままでは水穂の忍術は完全に失われてしまうと。だから……」
「忍術にも新しいものを取り入れる必要が有ると思ったのです」
「自分は、魔法の長所を忍術へと取り入れ……」
「新時代の忍者、魔法忍者になる。そう決心したのです」
ぱちぱちと、拍手が起きた。
自分たちと同年代の才蔵が大望を抱いている。
その事実に感心したのかもしれない。
(何よこの拍手。魔法忍者ですって?)
忍者嫌いのマリーは憮然としていた。
(そんなもの、目指さなくても良いのに)
まったくだ。
蛍火が彼女の心の声を聞いたなら、そう答えたかもしれなかった。




