極大魔法、上段回し蹴り。
11月になった。
国立闘技場。
荒い石を強引に積み上げ、魔法で固めた円形の建造物。
砂の色をしている。
ロンドーム市内にある、大魔導祭のための会場。
建てられたのは六年前。
戦前、大魔導祭などという催しは無かった。
戦後の魔法使いの力を落とさないため。
そう言って、前国王が大魔導祭の開催を発案した。
それから毎年、大魔導祭は開催されている。
「ここが、合戦の場か」
巨大な外壁を見上げて才蔵は言った。
水穂には無い壮大な石造り。
才蔵は心が奮い立つのを感じた。
「行くぞ」
才蔵自身は無表情のつもり。
だが、気負いで怒ったような顔になっている。
それを見て、マリーはにこにこと笑っていた。
才蔵達の試合の時間が来た。
広い闘技場の中央。
才蔵と対戦相手は十メートルほど離して向かい合っていた。
それを囲む観客席は満員。
その一角、貴賓席に女王は居た。
「どうだ? 今年の参加者は」
隣の男に対して女王は語りかけた。
女王、クリスティーナは今年で十七歳。
職人仕立ての高価なクリーム色のドレスに、いくつもの宝石を身に着けている。
頭頂には赤い王冠。
ゆるくウェーブかかった髪は金色で、肩の下まで伸びていた。
長い睫毛の生えたぱっちりとした目は、意志の強さが感じられるようだ。
女王は先王の病没によって、急遽後を継ぐ事になった。
言わば新米女王だが、振る舞いは堂々としている。
「大した魔力は感じられない。今年も退屈な祭りになりそうだ」
男が答えた。
外見年齢は二十歳くらい。
二メートルを越える長身で、肩幅が狭くすらっとしている。
肌着の上に、直接外套を羽織っている。
瑕疵の無い美術品のような顔つき。
細長い指から尖った爪が伸びている。
赤い髪は腰まで伸び、人の髪では有り得ない透明感を有していた。
何より目立つのは、頭頂付近から伸びた二本の角。
男、フレイバーンはドラゴンだった。
ドラゴンの能力は人間の比では無い。
前年も、その前も、彼が大会を優勝していた。
「頼もしいやら、つまらんやら」
楽しそうに女王が言った。
「だったら首輪を外せ。面白くしてやる」
言いながら、フレイバーンはとんとんと首を叩いた。
そこには黒皮の首輪が有った。
留め金は銀色。
遠目には見えないが、細かな呪文が幾重にも刻まれていた。
「それは怖くて、楽しそうな話だな」
余裕の表情を崩さずに、クリスティーナは言葉を紡ぐ。
「だが、今は国庫が最優先だ」
ドラゴンに頼ってでも、少しでも大会経費を抑えなくてはならない。
「さもしい話だ」
フレイバーンが言った。
人類種そのものを見下しているようだった。
「全くだ。戦勝国であるイーグルランドが、敗戦国の水穂より経済が逼迫しているなんて」
「経済が逼迫しているから、戦争を仕掛けたのだろう?」
「違うな」
竜の考えを女王は否定した。
「父上が戦を起こしたのは……」
ワアアアアアッ。
歓声が上がった。
闘技場全体が熱狂している。
「むっ」
女王は慌てて闘技場を見た。
「何なんだあの魔法使い!?」
誰かが叫んだ。
「対戦相手を蹴り倒した!」「魔法大会ってレベルじゃねーぞ!」
「聞いたか?」
女王が竜へと視線を向けた。
「蹴り倒したとかなんとか」
「むむ。貴様が話しかけてきたせいで、大事なところを見逃したぞ」
女王が竜を睨んだ。
「……は?」
フレイバーンは首輪をカリカリと引っ掻いた。
闘技場中央では……。
「思ったより楽に勝てたわね」
フットボールでゴールを決めた後のような顔でマリーが言った。
「ああ。俺はどうやら、こっちのルールの方が合っているらしい」
才蔵は握りこんだ右拳を眺めた。
大きいが、柔らかさも有る。
固いだけではない。
鍛えぬかれた拳とは、そういうものだった。
「物理攻撃が効くというのは、悪くない。解き放たれた気分だ」
大魔導祭において、物理攻撃を無効化する魔法陣は無い。
より実践的に、より強い魔法使いを。
純粋な膂力で圧倒されたとしても、相手は文句を言えなかった。
そんなものに苦しんで、何が魔法使いか。
あらゆる困難に、自分の能力で対処しなくてはならない。
そういう理念が有った。
「あの男は何者?」
貴賓席の女王は竜に尋ねた。
「喋っていると、大事なところを見逃すぞ」
首輪を引っ掻きながら、竜が言った。
やり返したつもりだった。
女王はきょろきょろと周りを見ると、机の上の冊子を手に取った。
「パンフレットが有ったわ」
女王は誇らしげに言った。
「良かったな」
竜は空を見上げていた。
才蔵の上段蹴りが、魔法使いの側頭部を射抜いた。
「がっ……」
鈍い音がして、男は呻いた。
白目を剥き、膝をついてから倒れた。
一方で、マリーの肘がもう一人の対戦相手をえぐっていた。
鳩尾。
「勝負あり!」
審判が告げた。
泡をふく男に、救護の魔法使いが走り寄ってきた。
既に見慣れた光景だった。
「やったわ。次は決勝ね」
「ああ」
二人は順調すぎるほど順調に、決勝まで勝ち抜いていた。
マリーの体が小刻みに動いていた。
興奮を隠し切れない様子だ。
一方で、才蔵の表情は暗い。
「しかし、これはどういうことだ?」
「何が?」
「父上は、炎魔忍軍は、魔法使いによって滅ぼされたのだ」
「歴史的大敗だ」
「ならば、ならば何故……」
「俺はここに立っているのだ?」
才蔵は自分の両手を見た。
震えていた。
額から汗が一滴、手のひらへと落ちた。
「何故って、何が言いたいの?」
言われて、才蔵はマリーの両肩を掴んだ。
才蔵の震えがマリーにまで伝わってきた。
亡霊でも相手にしているような顔で才蔵が言う。
「忍者が……忍者が魔法使いに勝てるわけが無い!」
「もし、忍者が魔法使いと戦えるというのなら……」
「もしそうなら……」
「皆はどうして死んだのだ」
才蔵はすがるような目で、ぐっと手に力をこめた。
「痛……っ。痛いわ才蔵」
マリーの顔が苦痛に歪んだ。
ぎしぎしと、才蔵の両手がマリーに食い込んでいた。
「すまん」
ハッとして、才蔵は体を離した。
「ねえ才蔵……」
「何を考えているのかは知らないけど、これは大会よ」
「戦争とは別のもの。皆の気構えも違うし、忍者が戦えても、何もおかしくは無いわ」
「そうか……。そうだな」
「そうよ」
「ああ」
「それよりも、決勝戦の対策でも考えましょう」
「ああ」
才蔵は貴賓席を見た。
遠い。
常人の視力では何も見えない。
そこには決勝戦の相手、フレイバーンが立っていた。
「なあ、マリー」
「何?」
「次の試合、どんな手を使っても勝ちたいか?」
「当然!」
マリーは迷わずに言った。
「ドラゴンなんて、存在が反則なんだから。何をしても文句を言われる筋合いは無いわ」
「……そうか」
「ならば、お前の勝ちだ」
そして、決勝の時が来た。




