人遁、黄泉隠れ。
「全く、無茶するんだから」
怪我の治療のために、才蔵達は保健室に来ていた。
「かたじけない」
マリーの回復魔法を受けて、才蔵は礼を言った。
保険医も居るのだが、マリーが自分から才蔵の治療を名乗り出た。
全身大怪我だった才蔵も、今は元気そうだ。
「だが、忍術の効かない蛍火には、ああするしか無かった」
「それで死んだらどうするのよ」
マリーに睨まれても才蔵は動じなかった。
「俺は死なない」
「え?」
「マリーどのを、優勝させると誓った」
「……そうね」
マリーの強気は萎れた。
代わりに微笑んで言う。
「次は決勝。頑張りましょう」
「ああ。必ず優勝する」
「ところで、決勝の相手は誰だろうか?」
気絶していた才蔵には試合進行が良くわかっていない。
「それはもう決まってるわ」
「ふむ」
「三年生主席、ジョンワシントン」
以前、マリーが魔術祭に誘った相手だった。
決勝の時間になった。
試合場の周りは大勢の人で賑わっている。
これまでの試合の話題で盛り上がる者が居れば、優勝予想を楽しむ者も居た。
「やあ、久しぶりだね」
才蔵とマリーの対面、ジョンワシントンは一人で立っていた。
彼の目には包帯がぐるぐると巻かれ、視界を塞いでいる。
また、制服の上にはローブではなく黒いマントを羽織っていた。
「大魔導祭には、興味が無いんじゃ無かったの?」
咎めるようにマリーが言った。
「大魔導祭は辞退するよ。この大会は、結構景品が豪華なんだ」
「それに、可愛い後輩に、ちょっとした忠告をね」
「それはどうも。一人で出場できるとは知らなかったけど」
「大会のルールくらい調べておこうよ」
(情報力は友達の数に比例するのよ……)
マリーは顔をそむけた。
「まあ、これにはちょっとした理由が有ってね」
「実は、去年の大魔導祭、僕のチームは、たった一人にボコボコにやられてしまったのさ」
温厚かつ、どこか突き放すような口調に、マリーは白けてみせる。
「後輩を同じ目に合わせようってわけ? その包帯は?」
「ニンジャ対策」
「なるほど」
才蔵の忍術が目を使うということは既に知れ渡っていた。
「目を塞いで勝てると思われたなんて、なめられたものね」
「僕だって、忍術は怖いのさ」
(魔法は怖くないってことね。上等!)
「試合開始!」
審判が開幕を告げる。
「FIREBURST!」
開幕、マリーは火球を放つ。
「ICEWALL」
ジョンは氷の壁を形成。
ジュッと小さな音を立てて、火球は消えた。
少しして、壁もボロボロと崩れ去る。
崩れる壁の向こうから、ジョンが言った。
「マリー君。君は優秀だ。様々な魔法を隙無く使いこなせる。そう……」
「学生レベルのね」
寒気を感じてマリーの体は強張った。
ジョンが杖を構えていた。
攻撃が来る。
凌がなくてはならない。
「BURNINGICESPEAR」
一瞬。
数十本の巨大な氷の槍が展開されていた。
よける隙間の無いほどの弾幕がマリーと才蔵を覆い隠す。
氷の槍は地面に突き刺さると同時に大爆発を起こし、炎の渦へと姿を変えた。
「ふぅ……」
ジョンは息を吐いた。
「やっぱり」
「君たちは素早い」
二人はジョンの後ろに回り込んでいた。
忍者の恐るべき脚力と動体視力で氷をかわし、後ろに走りこんだのだ。
「FIREBURST!」
マリーと才蔵は同時に唱えた。
才蔵の魔法は威力が低いが、それでも無力では無い。
ジョンは振り返らなかった。
「BLACKBURSTHURRICANE」
ぽつりと唱えた。
ジョンの周囲に突風が巻き起こり、さらに……。
風が爆発した。
「ぐあっ!」
ジョンの風に巻き込まれたと思った瞬間、二人は爆風を受けていた。
「お~っと、風の障壁が爆発した~!」
学生の域を超えたジョンの魔法に、実況のガイも興奮を隠せない。
吹き飛ばされ尻餅をつくマリーに、ジョンは言った。
「マリー君、君がチャージを必要とするレベルの魔法を、僕はいつでも発動出来る」
「魔力量が違うのさ。それで君は、どうやって僕に勝つつもりなんだい?」
「MAGICCHARGE」
マリーは唱えた。
何と言われようと、自分に出来る戦術で戦うしか無かった。
「そう。やってみなよ」
何をされても興味はない。
そんなやる気の無い声音でジョンは言った。
「BURNINGICESPEAR」
再び氷の槍が襲う。
才蔵とマリーは左右別々によけた。
常人には不可能でも、忍者には不可能では無い。
「魔力が貯まるまで時間を稼ぐわ」
「心得た」
才蔵は懐に手を入れた。
出てきたのは、一本の金属笛だった。
横笛。
「風遁、闇眩まし」
才蔵は笛を奏で始めた。
「お~っと! 才蔵選手、笛が下手だぁ~っ! うるさい!」
実況が率直な感想を述べた。
とても曲とは思えない、不愉快な音の羅列だった。
そのうえ、やけに音が大きい。
「おそらくはわざとでしょう。視界の無い相手への幻惑です」
「なるほど」
真実は、ブンブン頭を振りながら笛を吹き鳴らす才蔵にしかわからなかった。
「ですが、このやり方は……」
途中まで言いかけて、まことは口をつぐんだ。
言い過ぎると、選手の戦略を左右するかもしれない。
解説としての分を守ろうとしたのだ。
「さて、どこから来るかな?」
ジョンが言った。
マリーは才蔵の居場所に気づいていた。
(上だ……!)
遥か上空から、才蔵はジョンに狙いを合わせていた。
「うん」
ジョンが頷いた。
そして、杖を上に向けた。
「!」
才蔵が目を見開いた。
「BURNINGICESPEAR」
「ぐあああああっ!」
幾多もの氷の槍が才蔵へと殺到した。
そのうち三本が胴に突き刺さり、さらに爆発した。
才蔵の姿は爆炎に呑まれ、消えた。
「直撃! これは死んだか~っ!?」
実況の悲痛な(フリをした楽しそうな)叫び。
「さて」
ジョンは目の包帯を外した。
そしてマリーを見る。
「残りは君一人だ。どうする?」
「どうしてニンジャの場所がわかったの?」
「ああ、歴史で習わなかった?」
「隠れることを得意とした忍者は、生命探知の魔法の前に大敗した」
「なるほど、授業で習った通りだ」
うんうんとジョンは頷いた。
「いつの間に生命探知を……。だけど、習わなかったみたいね」
「え?」
「忍者は頑丈だって」
「お~っと! 才蔵選手生きていたぁ~っ!」
気がつけば、ジョンは才蔵に羽交い締めにされていた。
「くっ!」
焦ったジョンが才蔵を引き離そうとするが、離れない。
膂力で魔法使いが忍者に敵うはずが無かった。
そして……。
「ふぁいあぼると」
才蔵の最強魔法が炸裂した。
轟音。
観客たちが耳を塞いだ。
立ち込める煙を見ながら、マリーが口を開く。
「また自爆……。ちょっとは、自分の体ってものを……」
「全くだよ」
ジョンの声がした。
「流石に肝が冷えた」
煙が晴れた後、才蔵は倒れ、ジョンは立っていた。
準決勝の場面の再現だった。
「無事……? 忍者でもないあなたが……?」
「このマント、昨年の優勝賞品の魔導器でね」
「魔法に耐性が有るのさ」
魔導器とは、魔法によって長期的な効果を付与された道具を言う。
耐震用魔法煉瓦などもそれに分類された。
その魔導器を、ジョンは自慢げに広げてみせた。
「そんな……。物理攻撃の効かない魔術祭ルールでそんなものを着たら、倒せるわけ無いじゃない」
マリーの心中には驚きと、同時に失望が有った。
結局は、装備か。
「卑怯だと思うかい? だけど、大魔導祭の出場者は、皆これくらいの装備はしている」
「持っている杖は、等級持ちの名品ばかり。おまけに皆、宮廷魔導師級の達人ばかり」
「学生用の練習杖で、どうやって勝てばよかったんだ?」
ジョンは俯いた。
昨年味わった苦渋を噛み締めているようだった。
「そう。だけど、私は勝つわ」
マリーは言い捨てた。
やるせない気持ちは有った。
だが、マリーの目的はあくまで優勝だった。
同情している暇など無かった。
「勝つ? どうやって? どうやってだよ!」
温厚なジョンが初めて叫んだ。
一年間の想いを吐き出すようだった。
マリーは同情した。
それでも躊躇はしなかった。
「私は、手段を選んでいる余裕は無いの」
「ごめんなさい」
ジョンは脚が圧迫されるのを感じた。
下を見た。
地に伏す才蔵が、ジョンの脚を掴んでいた。
「俺の眼を見ろ。ジョンワシントン」
「しまっ……」
ジョンの視線が才蔵の赤い瞳に吸い込まれた。
炎が燃え上がった。
その炎は、ジョンのマントだけを燃やしていた。
「くっ!」
ジョンは慌ててマントを脱ぎ捨てる。
そして気づいた。
(待て、これは幻の炎だ……)
「熱く……」
ない。
「FIREBURST!」
マリーが放った火球。
ジョンを飲み込んでいた。
「忍術か……」
ジョンが呻いた。
「人遁、黄泉隠れ」
才蔵が言った。
「要は、死んだふりだ」
蛍火戦を見ていれば、誰もが気絶していると思うだろう。
心理の盲点を点くのが遁術。
自らの敗北すらを布石とした。
「勝負あり!」
「優勝はマリーアンド才蔵ペアだ~っ!」
観衆が喝采した。
二人は拍手と応援の声に包まれる。
魔術祭の優勝者が決まった。




