才蔵の最強魔法。
蛍火の追想が終わった。
才蔵と同じ過去を、蛍火も思い返していた。
そして、決意を新たにする。
(私は変わった)
(強くなった)
(主を守る力を得るために、表情すら捨てた)
(その私が、才蔵どのに負けるなど有り得ない)
(私にとって、忍とは主を助けるもの)
(主より弱い忍に、存在意義など無いのだから)
「私が蛍火ちゃんとやろうか?」
マリーが提案した。
「いや、どうやらあいつは俺が目当てらしい」
二対二の戦い。
だが、蛍火の目は才蔵しか見ていなかった。
「大丈夫なの? 忍術が通用しないのに」
「まだ奥の手が有る」
「わかった」
「試合開始!」
審判が告げた。
刹那。
蛍火が手裏剣を放つ。
二つの手裏剣はマリーへと向かった。
(手裏剣……?)
マリーは呆気にとられた。
魔法陣の中では物理攻撃は通用しないのに。
被弾する直前、マリーは自分の考えの甘さを知った。
(これは……!)
「きゃっ!」
手裏剣が弾けた。
脚に爆撃を受け、マリーは悲鳴を上げた。
「マリーどの!」
安否を気遣い才蔵がマリーを呼んだ。
「今のはなんですか?」
実況のガイが解説のまことに尋ねた。
「呪符です」
「札に呪文を書きこむことで、杖が無くても魔法を発動させる事が出来ます」
「なるほど」
「製作に時間がかかるので、乱用出来ないのが弱点ですね」
爆風の直撃を受けたマリーが膝をついた。
蛍火とリンカーンが同時に杖を掲げた。
マリーを狙っていた。
「させん!」
杖から雷が放たれた。
マリーを貫く直前、才蔵は跳んだ。
マリーを抱きかかえ、さらに跳ぶ。
才蔵の背中を雷が掠めていった。
「ありがと。MAGICCHARGE」
才蔵の腕の中、マリーは唱えた。
通常、人は魔力回路の太さまでしか魔力を扱えない。
膨大な魔力を体内に確保するための魔法だった。
一方、蛍火たちはさらに魔法で追撃をしかけた。
だが、迫り来る火を、氷を、才蔵は難なくかわしていく。
「なんちゅー身のこなしだ」
連発しても無駄だと悟り、リンカーンは杖を下げた。
「私だって、あのくらい出来ますけどね」
蛍火は、才蔵より有能だとアピールする事に余念がない。
「どうすんの?」
「そうですね……」
一瞬の沈黙。
「肉弾戦……!」
リンカーンを置き去りに、蛍火は突出した。
「何よ……!」
蛍火の余裕が気に食わず、マリーは睨んだ。
「こっちも準備は出来てるのよ!」
マリーが杖を構えた。
「CHARGEOFF」
「METEORRAIN!」
「MAGICCHARGE」
チャージ解除、攻撃魔法発動、チャージ再開。
三つの呪文がなめらかに唱えられた。
隕石を出現させる呪文。
蛍火の頭上に、5つの隕石が降り注ぐ。
「蛍火ちゃん!」
リンカーンが蛍火を呼んだ。
一撃で戦闘不能になりかねない、強力な魔法だった。
蛍火は無言で空を見上げた。
そして、唱える。
「HIGHREPULSION」
不可視の力場が発生した。
隕石が蛍火を押しつぶそうとしたその瞬間……。
力場は隕石の軌道を変え、それぞれを蛍火の周囲に落下させた。
地面に激突した隕石は、砕け消える。
その中央に、蛍火は無傷で立っていた。
「うそ、タメも無しに、私の魔法を……」
「入学して半年の……蛍火ちゃんが……」
自分が使えるなかでも最高級の魔法だった。
それを容易くいなされては、マリーには既に打つ手が無い。
頭が真っ白になり、手が止まってしまう。
その隙を、蛍火が見逃すはずも無かった。
駆ける蛍火に対し、才蔵の動きも遅れる。
蛍火の左手に、短刀が握られていた。
「くっ!」
マリーがやられる。才蔵はそう判断した。
蛍火に背を向ける。
マリーを蛍火から遠ざけようとしたのだ。
結果……。
「お~っと、蛍火選手の短刀が突き立てられた~ッ!」
実況が絶叫した。
短刀には、呪符が巻かれている。
「ニンジャ!」
マリーが叫んだ。
「ぐあああっ!」
才蔵の背中で爆炎が上がった。
「終わりです」
蛍火が杖を構えた。
「……終わらんよ」
背中を負傷しながらも、才蔵は冷静だった。
痛みの動揺を一瞬に押し潰していた。
幼き日の修業の成果だった。
「悪い。マリーどの」
才蔵は、腕の中のマリーを放り投げた。
素早く反転し、上体を傾けて、蛍火の魔法をかわす。
さらに右手で蛍火の肩を掴み、押し倒した。
蛍火にとって、この攻勢は予想外だった。
彼女は痛みに耐える修業をしていない。
それまでに里が滅びたからだ。
修業の内容は知っていた。
修業を乗り越えた者が何になるのかは知らなかった。
それ故に、怯まない才蔵に虚を突かれた。
馬乗りになった才蔵は、手と杖で蛍火を押さえ込んだ。
蛍火は平然としていた。
「組み敷いたところで、あなたの魔法では」
自分を倒せるはずもない。
何をされても痛くも痒くもない。
「死ぬなよ。蛍火」
「え……?」
予想外の言葉に、思わず聞き返していた。
死ぬなよ。
目の前の男は、今、そう言ったのか。
才蔵の瞳からは気遣いが感じられた。
心の底から蛍火の身を案じている。
何なのだ……。
蛍火の心中に、初めての焦りが生まれた。
そして、才蔵が、口を開いた。
呪文。
「ふぁいあぼると」
鼓膜を引き裂くような爆音。
膨大な火力が試合場を蹂躙した。
熱気に顔面の粘膜を炙られ、リンカーンは顔を伏せた。
「才蔵! 蛍火ちゃん!」
近距離で放てば屈強な忍者も気絶させる、ふぁいあぼるとの魔法。
赤雷の杖によって増幅されていた。
以前とは異なる、殺人級の爆発。
「クソ……やりすぎだろ才蔵」
リンカーンは呻いた。
「う……」
爆風に吹き飛ばされたマリーはなんとか顔を上げた。
すぐ隣で、審判のタイニーファングが気絶していた。
おそらくは減給だった。
爆心地を見る。
炎は収まり、もくもくと砂埃が舞っている。
その中に、誰がか立っているのが見えた。
「ニンジャ?」
マリーは相棒を呼んだ。
彼が蛍火を倒したのだろうと。
だが……。
「蛍火ちゃん……!」
才蔵は倒れ、蛍火は立っていた。
爆風によって、ローブはボロボロになっている。
制服の下から素肌まで覗いていた。
顔中に擦り傷や火傷が見える。
それでも、毅然として蛍火は立っていた。
蛍火は、袖から一本の短刀を取り出した。
屈み込み、刃を才蔵に押し当てる。
首筋。
動脈を斬れば、人は死ぬ。
蛍火は、じっと才蔵の首を見た。
自分の短刀が有った。
それを確かめるように、何度も瞬きをした。
そして、大きく目を見開いて言った。
「勝った……才蔵さまに……」
手が震え、短刀を落とす。
そして言った。
「どうです才蔵さま。私は強いでしょう?」
マリーの目に、蛍火の笑顔が映った。
美しい笑顔だった。
マリーは彼女が笑うのを初めて見た。
「私は……」
蛍火の体が揺らいだ。
倒れていく。
才蔵の体に折り重なるように。
その光景に、マリーの両眼は引き寄せられる。
だが……。
「なんと! 両者ノックアウト! これで一対一だぁ~っ!」
実況の声に、マリーは自分のするべき事を思い出した。
「CHARGEOFF」
「HEALWIND」
癒しの風に黒髪を靡かせ、彼女は立ち上がる。
そこから十メートル前方に、リンカーンが立っていた。
「どうせなら、才蔵とやりたかったよ」
リンカーンがぽつりと言った。
「一人足止めにしてって」
「え?」
マリーの言葉の真意が掴めず、リンカーンは尋ねた。
「一人足止めにしてくれたら、あとは、全部私がやるからって」
「そう約束したの」
それが、このザマだ。
このままでは済まされない。
マリーの両眼がそう語っていた。
「そう。俺には、男の意地くらいしか無いな」
つまらなさそうな目で、リンカーンはマリーを見返す。
「一年、か」
リンカーンの呟きを、マリーは聞き取れなかった。
「何?」
「いや。ケリをつけるとしよう」
二人同時に杖を構えた。
「FIREBURST!」
タイミングも、唱える呪文も同じだった。
二人の杖から巨大な火球が放たれた。
中央でぶつかり合う。
二つの火球はお互いを弾き合った。
やがて、均衡は崩れる。
「!」
押し勝ったのは、リンカーンの方だった。
火の玉がマリーに襲いかかる。
着弾。
マリーが立っていた場所で、火球は爆裂した。
「……」
リンカーンは無言でそれを見ていた。
「FIREBOLT」
真横から声がした。
マリーが杖を構えていた。
ローブの裾が焼け焦げている。
炎の矢が、リンカーンのこめかみを抉った。
「どうしてそこに居る」
倒れながら、リンカーンが尋ねた。
「頑張って走ったのよ」
「そうか」
走ったのか。
「鍛えすぎだろ、お前ら……」
大の字になり、リンカーンは空を見た。
太陽が出ている。
夏の強烈な日差しと比べると、なんとも頼りない。
立ち上がれなかった。
「勝負あり! 勝者、マリーアンド才蔵ペア!」
実況によって決着が告げられた。
審判が気絶していたからだ。
ただ一人、マリースチュアートが立っていた。




