忍者、くノ一と結婚する。
「決着! マリーアンド才蔵ペアの勝利だ!」
実況席のガイが言った。
「しかし、ジニー選手の動きがおかしかったのは何なんでしょうね?」
解説のまことに話を振る。
「私には、才蔵選手の目が光ったように見えましたが」
まことは見たままを答えた。
「まさか忍術というやつなのか~!?」
「かもしれません」
「謎の忍術を使う才蔵選手に成績優秀のマリー選手。これからの活躍に期待です」
実況の言葉で才蔵達の試合は締めくくられた。
試合場の才蔵は、面白くなさそうな目で実況を見ていた。
「ジニーに何かしたの?」
マリーが聞いた。
「言えん」
一族の秘術というやつだ。
マリーは確信した。
才蔵はジニーに向かって前進。
「ジニーどの」
話しかけた。
「才蔵くん」
ジニーは怯えた様子を見せる。
脚を燃やされたのだ。
当然、警戒心が芽生えていた。
才蔵は頭を下げた。
「怖い目に合わせて、済まなかった」
それでジニーの緊張が解けた。
「頭を上げてよ」
言われて才蔵は、首だけ動かしてジニーを見た。
「ジニーどの」
「真剣勝負なんだし、別に怒ってないよ」
微笑んでいた。
才蔵は自分のクラスメイトで、友だちだ。
それを再認識したようだった。
才蔵は姿勢を戻した。
「かたじけない」
物々しい才蔵の言い方。
「アハハ」
ジニーは笑った。
「それと、さっき見たものは、どうか内密に」
才蔵は右手の人差し指を唇に当てた。
「あれってやっぱり忍術なの?」
「秘密だ」
「やっぱりそうなんだ」
「……む」
「わかった」
「む」
「このことはカンペキに内緒に……」
「こら、ジニー」
隣から、マーガレットが話しかけてきた。
目を細めてジニーを睨んでいる。
私不機嫌なのよという、わかりやすいサインだった。
「どうしてちゃんと戦わないのよ」
「いやいや、それがさ……」
「才蔵君の目が真っ赤になったと思ったら、脚に火がぶわ~っと広がって」
「脚に火?」
「うん」
「そんなの……」
「何?」「忍法の話?」「私にも聞かせて~」「私も聞きた~い」
気がつけば、ジニーは噂好きの女子達に囲まれていた。
わいわいと騒ぎ立てる女子達。
その中央で、ジニーは有ること無いこと話しているようだった。
「……」
「その手裏剣をどうするつもり?」
マリーが才蔵を咎めた。
「俺にもわからん」
「しまいなさい」
「わかった」
才蔵は、取り出した手裏剣を袖の中にしまった。
「そもそも、どうして忍術を秘密にしないといけないの?」
「それが、忍術の強さだからだ」
「強さ?」
「秘伝であるが故に、相手の意表を突いた攻撃が出来る。それに、俺の忍術は……」
「術を見破った相手には通用しない」
「……え?」
マリーは左手を、胸の前でぎゅっと握った。
「そんな大事なものを、こんな試合で……」
「俺には、魔法の才能は無い。だが……」
「俺の忍術で、必ずお前を決勝まで連れて行く」
「ありがとう」
マリーは少し困った顔をした。
愛想笑いを失敗したような笑顔。
手前勝手な約束を押し付けてしまっている。
この試合で、才蔵は大切な何かを失ったのでは無いかと思った。
才蔵は微笑んでいた。
マリーの胸がずきりと痛んだ。
それでも……。
彼女はこの大会で優勝するつもりだった。
五時間が経過した。
その後、マリー達は順調に勝ち進んでいった。
勝つたびに、才蔵の術の噂は広まっていった。
それでもなんとか才蔵は勝ち進んでいた。
才蔵の術が通用したのは、噂に尾ひれがついているせいでもあった。
準決勝まで勝ち進んだ時には、才蔵の術の噂を聞かない者は居なくなっていた。
「さて、次は準決勝第一試合ですが、どうなると思いますか? 解説のまことさん」
実況席。
「わかりません」
「ですよね~」
「ただ、才蔵選手と蛍火選手は共に忍者です。面白い忍術合戦を期待ひ……しましょう」
「魔法の大会なんですけどね~」
場所は移り、試合場。
「よっ、才蔵」
「お久しぶりです」
リンカーンと蛍火が、才蔵に声をかけた。
「リンカーン、お前、強かったのか」
才蔵が言うと、
「意外ねえ」
マリーも本心から同意した。
「ちょっとぉ!?」
「俺たち、魔法実習で一緒でしたよねぇ? 毎週。え……? あれ?」
「実習の時は自分たちのことで精一杯だしねえ」
「なぁ……」
「グ……グガガガガ……」
「勝つ!」
リンカーンの闘志が燃え上がった。
「当然です」
蛍火も勝利への意志を見せた。
「才蔵どのごときに遅れを取るなど、ありえません」
「蛍火ちゃんも、凄い忍術を使えるの?」
蛍火の強固な自信に不安になったのか、マリーは才蔵に尋ねた。
「いや、蛍火は拾い子だ。俺のような才能は無いが……」
「蛍火には、俺の忍術は通用しない」
才蔵は思い返した。
蛍火に炎魔の秘術が効かなくなったその日の事を。
「今日は俺の、とっておきの忍法をみせてやるからな!」
炎魔宗家の邸宅。
縁側の庭には、石や植林、小さな池などが有った。
浴衣姿の少年と、少女が立っている。
日は暮れていた。
暗い。
子供ならそろそろ眠くなってもおかしくは無い。
だが、才蔵は元気だった。
池の隣。
蛍火と一緒に立っている。
「はい! 才蔵さま!」
蛍火はきらきらと目を輝かせている。
蛍火にとって才蔵は友達であり、同時に手が届かない存在でもあった。
自分は拾い子の小間使いで、才蔵は一族の次期頭首。
一歩引いて接するように、躾けられてもいた。
「行くぞ……。蛍火、俺の目を見ろ」
「はい。才蔵さま」
言われるままに、蛍火は才蔵の目を見た。
赤い。
綺麗だな。
蛍火はそう思った。
蛍火のすぐ目の前に、火の玉が発生した。
「わっ」
火の熱さに驚いて、蛍火は飛び退く。
「はははっ」
その動作が可愛らしくて、才蔵は笑った。
「それは、俺とお前にだけ見えている幻の炎だ」
「幻だが、そうと知らぬ相手を焼き殺すことも出来る」
「でも、熱くないですよ」
蛍火は、人差し指をすっと火の中に入れてみせた。
火が出現した時は熱いと思った。
今は熱くない。
不思議だと思った。
「幻とわかると熱さも無くなるのだ」
「へぇ~」
「才蔵!」
戯れる二人に怒声が飛んだ。
「御爺々様……」
炎魔一蔵。
炎魔宗家前当主だった。
才蔵の実の祖父。
その瞳が、怒りで濁っていた。
いつの間にか、才蔵の目の前に居る。
正拳。
一切の手加減の無い拳が、才蔵を殴り飛ばしていた。
宙を舞い、才蔵は池へと落ちた。
水音と飛沫。
飛沫は蛍火の足元を濡らした。
「才蔵さま!」
蛍火はじゃぶじゃぶと池へ分け入り、才蔵を助け起こす。
池の外から、一蔵が二人を見下ろしていた。
いや、その目は蛍火を見てはいなかった。
怒りの矛先はひたすらに才蔵へ向かう。
「下忍ごときに秘伝をさらすとは、何事か!」
「もうしわけ、有りませんでした」
才蔵は頭を下げた。
水に顔がつかる手前まで。
才蔵の口内を何かが転がった。
固い。
奥歯だった。
翌日、才蔵は祖父に呼び出された。
一蔵の部屋。
畳の上を、正座で向かい合っていた。
「蛍火に、くノ一の技を?」
「蛍火には、その、早すぎるのでは無いですか?」
乞うような声音で才蔵が言った。
「いつかは通る道だ。遅いも早いも無い」
一蔵の顔は険しい。
彼に見られているだけで、才蔵は震えそうになる。
「自分が、蛍火に秘術を見せたからですか?」
「……知らんな。だが、だとしたら、どうする?」
才蔵は深々と頭を下げた。
畳に額をこすりつける。
「どうか何卒、お許し下さい。蛍火だけは……」
一週間後。
炎魔家の地下牢で、才蔵はボロ雑巾のように転がっていた。
「これでけじめとする」
転がる才蔵を見下ろして、一蔵が言った。
才蔵の皮膚は焼かれ、爪は剥げ、尿道から血液が流れ落ちていた。
炎魔の忍の通過儀礼。
拷問に負けているようでは忍者は務まらない。
この修業を乗り越える事で、痛みに耐える術を身につける。
だが、才蔵のような子供が受ける試練では無かった。
忍としての修業を終えた者が、大人として認められるための最後の試練。
炎魔の忍ならばいつかは乗り越えなくてはならない。
それでも、才蔵はまだ小さかった。
「この修業を乗り越えた事で、お前は里の大人として認められる」
「もうこれまでの、餓鬼のような振る舞いは許されん。改めろ」
「そして、蛍火はお前の正妻という事にする。そうすれば筋も通るだろう」
「伍助、手当を頼む」
「はっ」
手下の伍助に才蔵を任せると、一蔵は地下牢から去った。
手当が終わった。
才蔵は、自室の布団の上に寝かされていた。
「大丈夫ですか? 才蔵様」
伍助が言った。
青ざめている。
いかつい男だが、案外気が小さい。
「ああ、だけど、腹が減ったな。いや、乾いているのかもしれん」
かすれた声で才蔵が言った。
一週間の間、才蔵は何も食べていなかった。
わずかな水を与えられるのみ。
水を前に、おあずけされる事も有った。
「はい、すぐにお持ちします」
伍助が部屋から駆け出していった。
そして……。
「蛍火」
開いた襖の先に、蛍火は立っていた。
「蛍火、聞いてくれ」
蛍火は、部屋に入ると布団の側に座った。
「お前は、くノ一では無くなる」
「え?」
「俺の妻となる事になった。いや、形式上のものだ。何がどうなるわけでもない」
「だが、だから、蛍火はくノ一の修業を受けなくても良いんだ」
喜んでくれるだろう。
才蔵はそう予感していた。
だから次の瞬間、才蔵は我が目を疑った。
「蛍火……?」
拳骨が振り上げられていた。
振り下ろされた拳は、容赦なく病床の男を打つ。
「ぐっ……」
顔を殴られ、才蔵は呻いた。
痛みに耐える術は学んだ。
顔の痛みより、蛍火に殴られたという事がショックだった。
「私は……そんなこと頼んでない!」
蛍火は泣いていた。
「蛍火、どうして泣く」
「おせっかいだったのか? 蛍火はくノ一になりたかったのか?」
俺はただ、お前の笑顔が見たかっただけなのに。
「お願いだ蛍火……。なんでもするから、どうか泣き止んでくれ……」
才蔵の願いは届かなかった。
才蔵の言葉に対し、蛍火はさらに泣きじゃくるだけだった。
才蔵の回復を待って、、二人の祝言が執り行われた。
次期頭首の結婚式だ。
里中の者達が二人を見にやってきた。
「めでたいねえ」
里外れに住む与作じいさんが言った。
「ワシは、才蔵様と蛍火ちゃんは、結ばれんと思っとったよ」
「なにせ、身分が違うからねえ」
「才蔵様が耐痛の行をやったって聞いた時は、何事かと思ったけど」
「男としての覚悟を見せるってことだったんだねえ」
「一蔵様は絶対に二人の仲を認めんと思っとったから」
「好き合う二人が一緒になれて、本当にめでたいねえ」
「戦争で仲間が死んで、暗い話ばっかりだけど」
「明るいことだって有るんだねえ。本当に、本当によかった」
「けど」
「めでたい席なのに、ふたりともちっとも笑わんねえ」
「照れとるんかいねえ」
「でも、二人きりになったらすぐに笑いあうだろうねえ」
「才蔵様も、蛍火ちゃんも、本当に仲良しなんだから」
「蛍火!」
炎魔の里の田畑に囲まれた小道。
才蔵は、強く蛍火の名を呼んだ。
帰ってくるのは冷たい瞳。
祝言の後、蛍火は才蔵を避けるようになった。
いつも何かの修業をしている。
「蛍火、なあ、どうしたんだ?」
才蔵が心配そうに言った。
「俺との祝言がそんなに嫌だったのか? だったら……」
「才蔵どの」
蛍火が才蔵の言葉を遮った。
「私は忙しいのです。才蔵どのと遊んでいる暇は無い」
「そうか……。忙しいのか」
だったら仕方ないな。
才蔵は寂しそうに笑った。
「暇が出来たら言ってくれ。また遊ぼう。昔みたいに……」
……昔?
自分たちが田畑を走り回った日々は、懐かしい過去のことなのか。
「才蔵どの」
「ああ」
「あなたも大人になったのなら、子供のような遊びは卒業したらどうですか?」
「え……?」
「それでは」
立ち去ろうとする蛍火を、追いかける気力は無かった。
「どうしたんだ。蛍火……」
才蔵には、蛍火の気持ちがわからなかった。
その半年後、炎魔は滅んだ。




