3話
そして次の日。
俺はいつもと変わらぬ朝を迎える。
時間は7時ぴったり、習慣になっているので目覚ましは殆ど必要ない。
ただ寝起きは頭がほとんど回転していない。
親は、朝早くから家には居ない。きっと徹夜だろうな。
姉は珍しく朝早くに仕事に向かったのだろうか、コンコンと部屋をノックするが、声が聞こえない。
「珍しいな」
俺はそんなことを呟きながら、下の階へ向かっていく。
洗面台の扉を開けて、歯を磨き、顔を洗って、寝癖をなおしていると、ピンポンとインターホンがなった。
「どちら様でしょうか?」
「宅急便です!」
随分朝早いな、と思っていたが俺は頭が殆ど回らずに、印鑑を持って外に出た。
「お待たせしました!」
とは、言ったもののその後の言葉が出ない。なぜなら、そこには人が入れそうなほど、でかいダンボールが……常識的に考えてこのサイズはおかしい。
流されるままに、印鑑を押して宅配のおじちゃんは車に乗って行った。
そして、しぶしぶ置かれた荷物を持ち上げようと……あれ……重すぎるんだが……何が入ってやがる!
「重いぞ……親父のか?」
文句を言いながらもグッと持ち上げて、開けていた扉を通り、玄関にダンボールを置く。
「重いって、失礼ね」
いきなり箱からにょきっと顔が出来てきた。あぁ、顔ね、え……顔? ……顔だって?
「うぉおおおおおおお! 化け物!」
慌てて蓋を閉じると、ダンボールが怪物の頭に当たる。
「怪物とか辞めてよね。それに痛いわよ! 扱い雑すぎるわよ!」
再び出てきた顔を見ると、春日?
「春日?」
「桜って言ったでしょ? というか驚いたわよね? 虎の家に……来ちゃった」
制服姿の春日がダン箱から上半身を出していた。手をもじもじとしているが可愛くない。
全然可愛くない。むしろ驚きすぎて死ぬかもしれなかったんだ。殺人未遂だろ。
「馬鹿じゃねーのか! 死ぬところだったぞ!」
「死ねばよかったのに」
「温度差激しいな、おい!」
「これは愛よ? そう罵倒という名の愛の告白なの!」
そっか! と納得してしまいそう演技だ。クォリティーが高い。
いくらなんでも、演技派過ぎるだろ。女優にでもなれよ、もう。
「演技はそこまでだ。というか、一体何しに来たんだ?」
「監視するって言ったじゃない? でも、心配じゃない? だから、あなたの家を調べてやってきたって訳!」
「そうか……玄関はあちらになります。GO HOME!」
「はーい! 帰りますわ。……ってそんな分けないでしょ?」
一応ノッてくれるんですか。いや、礼は言わないけどな。
「だから、一緒に学校に行きましょ?」
「だが断わる!」
「昨日、私が告白された子……あなたの親友よね?」
関係ないだろ、それ。そう思っているが、何故か彼女は含み笑いをしている。
「そんな親友が、あなたと私がチューをしたって噂が流れれば……どうなるのかしら?」
「最低だ! あんた最低だよ!」
「最高? ありがとう!」
「言ってねーよ、どんな変換機能のついてる脳なんだよ!」
「ッチ……取り敢えず、そういうことよ!」
舌打ちした後に、胸張って言ってんじゃねーよ、無い乳が……とか、言ったら殺されそうなので辞めておく。
「玄関先はうるさいから、癪に障るが、家あがれば?」
「そう? なら、お邪魔しますわ」
丁寧にお辞儀をして、入ってくる。ついついその綺麗な動作に見惚れてしまう。
ほんとのお嬢様みたいじゃないか。
「何? 見とれてるの?」
にやっと笑って、じっと俺を見てくる。
「み、見とれてねーし!」
「ぷっ……あっそ」
「笑うんじゃねーよ! 無いち……」
「それ以上言えば殺す」
殺気を後ろから飛ばしている怪物を、素早くリビングに通して、ソファーに座らせた。
「飯は?」
「まだだけど? でも、セロリーメイトもってるから」
ぱらぱらと、黄色い箱を上下に振る。……良くない、実に良くないぞ!
俺は、残念な性格で、健康にはうるさい。
そして何故か、料理のことになると熱くなってしまう。
「駄目だ。ちゃんと朝ごはんは食べなければ、体は活動しない、いいか、朝ご飯を抜くと脳の働きが鈍くなる!」
「あっ……はい」
萎縮した様子で、桜は頭を下げてきた。
あぁ……俺はんとなにやってるんだろうか。だが、いまさら収まりがつかない。
「それでいい。簡単なものだが食わないよりましだ!」
俺はやっちまった感を隠すように、素早くエプロンを装着し、胃を驚かせないように、少し薄めの味噌汁をつくり、暖かくふかふかのご飯を、おかずには、昨日の残りだが肉じゃがを温める。
席に座ってもらって、ばんばんと並べる。こういう時に、自分の根っこの部分の料理好きはとめることが出来ない。
俺もエプロンを外し、少し温めの緑茶を注ぎ、席に着く。
「手際がいいわね」
「毎日俺が用意するんだ。その代わり昼飯代もらって、手を抜いて、惣菜パンだけどな」
「へぇー」
感心したような目でこちらを見る。何だこれ……物凄く恥かしいぞ。
「お嬢様っぽい、桜の口に合うかは知らないぞ」
「いいわよ。おいしそうだし」
本当に嬉しそうに笑う。……少し可愛らしいと思ったのが悔しいが。
「手を合わせてください」
「「いただきます」」
久し振りに誰かと一緒に朝ごはんを食べた。
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