1話
今日、春だが桜が散っている5月、俺の親友が振られてしまった。
そして、あの人と出会った。
――――事は昼休みにさかのぼる。
俺の親友、青木 海は、学園の良心と呼ばれ、全盛と憧れの的の春日 桜に一世一代の告白をしに行った。
「じゃあ虎! 俺は彼女を手に入れてくるぜ!」
「振られたら飯ぐらい奢ってやるよ」
「クラスも高校1年の時は一緒だぜ? そしてあのビンビンと出してくる好感の電波で振られるわけねーべ」
「どっから沸きやがる……その自信は」
「桜さんの俺への接し方が違うんだよ。そんなんだからお前は童貞なんだ!」
「んぐ……っげっほ、ごっほ……どど……童貞じゃねーし! というか、お前もだろうが!」
「あーっはっはっは! アディオス、俺の童貞!」
どうせだったら、こいつは罵倒されて盛大に振られる方がいいと思うな、絶対。
ちなみに、海は既に早弁で弁当を終えて、トイレにて身だしなみをキチンと整えてきたらしい。
俺は喉詰まった惣菜パンを流そうとお茶を飲みつつ、何度も制服のブレザーをチェックしている海を見つめる。
「でも、春日さんは誰にでもあんな感じだろう?」
そう、春日 桜は、誰にでも優しくかつ美人なので男は皆、自分のことを好きだと勘違いする。
だから、実際に誰かを振った話は聞くが、春日さんに彼氏が出来たというのはUFO見たというより現実味が無いのだ。
「黙れ童貞!! へへっ、後で吠え面かかしてやりますよ」
「けど実際自信が無いから、俺にしか告白することは言ってないんだろう?」
「……何を言ってやがるんですか?」
図星だったようで、顔は苦虫を噛み潰したような顔だ。
実は、俺はこういう人の本質や嘘など見抜くのが少し得意なのである。
「言った意味、そのままだけど?」
「ふざけるなよ、2重人格者! 馬に蹴られて溝にはまって泥まみれになれ!」
そういうと海は指定した中庭の待ち合わせ時間より、15分早く開き教室を出て行った。
「……ただ少し世渡りが上手いだけだっての……それにしても春日……ねぇ?」
俺はぶつぶつと誰も居ない静かな教室で独り言を呟いた。
そうして、飯を食べてから俺は教室に戻り、当たり障りの無い会話をクラスメイトと繰り返す。
「昨日のもじゃもじゃTV見た?」
「実は見てないんだよ。どうだった?」
「取り敢えず、相変わらずのもじゃもじゃ具合だった」
「残念だったな、俺も見てみたかったよ」
というか、そんなふざけたテレビ番組すぐ打ち切りになるだろうが!
と内心で、ツッコミを入れつつ適当に相槌を打つ。
チラッと海の席を見て帰ってきているか姿を確認しようと……ん?
傍から見ると、そこだけ深海のような空気になっていた、俺はクラスメイトに謝りつつ会話を中断して海に近寄っていく。
「どうした? 話し聞くから少し面貸せ」
こんにゃくみたいに力の入って居ない海の体を俺は引っ張りつつ、先ほどの人気の無い教室まで引っ張る。
幸い休み時間はまだ残っているので少しは話が出来るだろう。
そして、この1人だけ深海に居る原因の見当がついてしまうのが、なんとも居た堪れない。
しかし、俺が聞いてやらないで誰が聞くのだろうか、俺は話を切り出した。
「んで? 春日さんなんだって?」
「ごめんなさい、海君とは大切なお友達で居たいのよ……だってよ……」
きっと、傷つけないようにだろうが、テンプレート過ぎるそのお断り台詞は、逆に傷付いてしまいそうだ。
「アディオス、俺の童貞なんていってるからだろうが!」
「ヘロー童貞……ちくしょうううう!」
海は、へなへなと一瞬あげた顔を再び机に突っ伏した。
しかし、今まで数多の恋愛相談を受けてきたが、春日さんの相談に限ってお断り台詞が全部一緒。
自然だが、不自然、まさにそんな言葉が当てはまる。
春日…あいつ……臭うな、体臭とかじゃないんだけどな。なんだろう怪しい? ってのかな?
しばらく海を慰めつつ、一先ずだが、午後の授業のために教室へ戻った。
そして、1日の授業を終えて放課後。
「さようなら、美作君!」
「さようなら!」
「ばいばーい、虎君!」
「じゃね!」
にこやかに、爽やかにをモットーとした挨拶をクラスメイトに一通りし終えてから、靴箱に行ってみたが残念な事に、海の靴が無いので、今日は1人で帰宅しなければいけないようだ。
腕時計に目をやるとまだ、帰るには早い時間。
どうせ帰っても暇なので、校舎をぶらつくことにする。屋上とかどうだろうか。
普段あまり足を伸ばさない場所なのだが、なんだか今日向かう気になった。
ゆっくりと、階段をのぼり最上階へ、そして重く古いドアを開ける。
「あー取り繕うのって面倒ね」
やる気の無い、そんな声が聞こえてきた。
幸い相手は、俺が入ってきたことに気付いていないのか、まだぐちぐちと文句を垂れている。
サッと俺は相手の位置から死角になっている壁に隠れて、耳を澄ます事にした。
「授業も面倒だし」
なんだ……? この声……どこかで聞き覚えがある。
盗み聞きなんて趣味ではないが、この声の主が気になったので今度は、じっくりと聞いてみる。
「毎回、毎回テンプレのお断り台詞を言うのもいい加減飽きたわね……。はぁ……」
まさか……まさか……いや、どこかでこういう可能性を想像していたのだろうか。
この声の持ち主は、間違えようが無い、そう春日 桜だ。
しかし、ここは撤退が吉だな、俺はそう思い、またばれない様にドアに向かう。
「美作 虎太郎……あの人少し私と同じにおいがするのよね」
唐突に自分の名前が呼ばれたことに、心臓がドクン、ドクンと高鳴る。
名前を呼ばれた嬉しさではない、まるで見計らったようなタイミングに俺は驚いたのだ。
ズサッと、自分のスリッパが音をたてる。
「ん? どなたかいらっしゃるのかしら?」
これは……色々とまずいぞ……。
思考をフル回転させて、1つの結論に至った。
顔を見られないように……駆け抜けるだけだ!
バッと壁から姿を現して、相手の角度から顔が見られないようにブレザーで隠し、俺は駆けだした。