夫の肉体美自慢が超絶うざい上に家計に響くので、親切な私は、我が国から裸族の国への外国使節に夫を推薦してみた。
「きゃあああ~。」
早朝のフィクソン家に悲鳴が響き渡った。
がばり。
「またアレか。」
起床前の、残り僅かな睡眠時間を楽しんでいたサディは、勢いよく起き上がると、
寝巻の上にガウンをひっかけて、あわてて1階に下りて行った。
悲鳴が聞こえたのは1階からだった。
嫌な予想があっていれば、現場は台所だろう。
台所には、サディの夫であり、騎士団の、今は管理職となっているテッドと、先週からメイドとしてシフトに入っているアリスがいた。
テッドはパンイチ、怪訝そうな顔で佇んでいる。
その前でアリスが両手で顔を覆ってぶるぶると震えていた。
サディはまず可哀そうなアリスを保護することにした。
肩を抱いて声をかける。
「アリス、怖かったわね。もう大丈夫よ。」
古参メイドのナタリーの部屋まで連れて行って、ドアをノックした。
「ナタリー、起床前の睡眠が大事なのはわかるけど、ごめんね。」
「奥様、またですか・・・。」
「またなのよ・・・。」
テッドのパンイチ姿に絶叫する若いメイドはアリスが初めてではない。
言っておくと、この国には、パンイチ文化はない。
むしろ、風呂上りの着替えの瞬間以外にパンツ1枚は到底許されないのが、常識である。
その常識の中で育ってきた若い娘には、テッドのパンイチは攻撃力がすぎる。
これからが面倒だ。
アリスをナタリーに託して台所に戻ると、テッドは水を飲んでいた。
早朝にのどが渇いて、台所に下りてきたのである。
「テッド、パンツ1枚で部屋の外にでるのは止めてって言ってるでしょ?」
「どうしてだ?俺は誰に見られても恥ずかしくはないぞ。鍛え上げられた肉体だからな。」
と、胸を張る。
「普通はパンイチで歩き回りません。アリスも怯えていたわよ。可哀そうに。」
「それはおかしいだろ。俺の肉体美が鑑賞できたんだ。幸運を喜ぶべきだろう。悲鳴とは失礼な。」
失礼なのはお前だ。そう言いたいがサディは耐えた。
これを耐えきる私凄い。サディは思った。
「アリスだけではないでしょ。ダナも、サリィも、アンも・・・。」
「失礼な奴ばかり雇ったのか?雇い方に問題があったんじゃないか。」
テッドはそう言い捨てると、背を向けて部屋に戻ってしまった。
ダメだ。1ミリも伝わらない。
今に始まったことではないが、サディは頭を抱えた。
起きてきたナタリーに愚痴をこぼす。
「また、辞めちゃうのかしらねえ。不埒なことは絶対にしないんだけど、若い子にはパンイチだけで衝撃よねえ。」
「奥様、若い子はやっぱり無理なんですよ。」
「そうは言っても、何事にも動じないベテランメイドは給金が高いのよ。」
二人で顔を見合わせてため息をついた。
すでに家計にも悪影響が出ている。
2,3日の後、サディとテッドは夜会に出席していた。
騎士団管理職なので、それなりに顔つなぎが必要になる。テッドがあいさつ回りに出た間、サディは旧友のエミリーと語らっていた。
「テッドは相変わらずなの?」
「相変わらず、またメイドがやめたわ。また同じことが起こるかもしれないから、引き留めることもできないしね。」
「昔からああだったっけ?」
「ん~。態度は変わらないかもしれないけれど、状況は悪化してる。」
「どういうこと?」
「ほら、若い頃は騎士団の職務内のトレーニングで、筋肉質の体が維持できてたじゃない?確かに騎士団内でも1,2を争う肉体美と評判だった。」
「そうだったわねえ。子供たちも大きくなったし、今では昔々よねえ。息子さんたち騎士団でしょ?元気なの?」
「元気元気。息子たちは本当、心配ない。問題はその父よ。そもそも中年になって体は衰えるものじゃない?管理職になって、職務時間内に行うトレーニングが減って。」
「減って?」
「筋肉もたるむし、お腹まで出始めてるのに、本人気が付いてないのよ。同じ管理職でも、トレーニング機器を借りて自主トレーニングで体形維持している人もいるんだけどね。」
「事実が認められなくて、無視してるんじゃない?」
「どうなのかはわからないけど、俺の体はトレーニングなんてしなくても美しいからなって。自主トレ組を馬鹿にするのよ。」
「いらっとするわね。」
「そう。家の中でこれ見よがしにパンイチで歩き回ったり、部屋の外で着替えたり、その場面に出くわしすのが耐えられない。」
「見るに堪えないってほどじゃないんじゃないの?」
「こちらに気が付いて、『どうだ、俺の美しい肉体を鑑賞する機会を得られて幸運だろう。』という態度を取られるのがたまらなく嫌なの。本人は、パンイチだの部屋外着替えだのが、むしろサービスのつもりらしいわ。いらっとする。それが毎日毎日続くのよーー!」
「うん。わかる。そりゃいらっともするわ。」
夜会の翌日、鏡の前でサディは悲鳴を上げそうになって自分の口をふさいだ。
テッドと違って、サディはできる範囲で肌の手入れも体系維持も心掛けている。年はどうしたってとるのだから。
「うそでしょ。昨日までこんなしわ無かった。無かったはずよ。」
鏡を見直すが、眉間のところにたてじわが、くっきりと存在を主張している。
がっくりとサディは肩を落とした。
「テッドのやつ、テッドのやつ。勘違いの馬鹿のおかげで、家計に悪影響が出るわ、日々いらっとさせられるわ。積もり積もってこんなものができちゃったわよ!もう許さん!許すか!」
サディはエミリーを呼び出した。オープンカフェの、周りに人のいないテーブルを確保する。
「エミリー見て。テッドの馬鹿のおかげでたてじわが。」
「あれだけ努力しているのにむごいわ・・・。」
エミリーはサディの努力を知っている。
「根本から対処しなければならなかったのよ。」
サディは右手をぐっと握った。
「あの裸族の、ネイデイ国への仕事はない?仕事内容は単純で、儀礼使節的な。実際の外交交渉は無理だからね。」
エミリーの夫は外務省の高官である。
「ネイデイ国ね。良いかも。あの国は宗教の関係もあって、失敗はむしろ歓迎されるわ。失敗する者を教え導くことで神の加護が得られるそうよ。テッドが多少失敗しても我が国に悪影響はないわ。」
「確か、エミリーの旦那様も勘違い馬鹿テッドの被害受けてるわよね?」
「そう、さりげなくうちの旦那様の体形ディスって、『俺の肉体美~』自慢していった。旦那様は苦笑するだけだったけどね。ネイデイ国派遣の話し通すのも早いと思うわ。」
数週間後、テッドが分厚い封書を持って帰ってきた。
「おおい。ネイデイ国への派遣が決まったぞ。外交文書を渡しに行く担当らしい。ネイデイ国と言えば裸族だろ。騎士団の俺にどうして、とも思ったが、おれの肉体美の評判のおかげだな~。」
ご機嫌である。
「そう、よかったわね。」
もくろみ通りである。
翌日、ネイデイ国の文化等の資料は一応渡しておくことにした。
「はい、テッド。ネイデイ国の資料おいとくね。読んでおくと良いと思うわ。」
テッドの部屋の机の上に置いてやる。
「そうか?必要かな?俺の肉体美があれば問題ないだろう。」
テッドは鼻歌交じりである。
出発は数日後。
係官とともに馬車に乗ったテッドは、国境地帯までやってきた。
「では、ここで我々は戻ります。ネイデイ国の担当者の指示に従って、こちらの文書をネイデイ国の外務省の担当官に必ず手渡して下さい。」
「承知した。お渡しするだけならたやすいことだ。」
テッドの返事を聞いてから、外務省の係官は軽く頭を下げて帰っていった。
国境地帯には、国境警備に必要と思われる大きさを、はるかに超える建物があった。
テッドの視線に気づいたか、国境まで迎えに来てくれたネイデイ国の係官が答える。
「両国の礼節を守るための施設です。わたくしは案内をつとめます、ゲイル・ランドルフと申します。」
「?」
ネイデイ国の係官は、裸などではなく、テッドの国の準礼服を着用していた。
係官に連れられて、建物に入ると、ネイデイ国のスタッフが数名待機していた。全員テッドの国の服装である。
「我々は、貴国に入る際には、貴国への敬意を表すために、場にふさわしい貴国の装いにいたします。
貴国の方にも、我が国に入国する際には、我が国の装いに改めていただきたいのです。両国の慣行ともなっております。」
つ い に こ の 時 が 来 た 。 俺 の 出 番 だ。
テッドは胸を張り、自分に言い聞かせた。
「両国のためだ。国のためだ。羞恥は捨てなければ。俺はできる。俺ならできる。俺の肉体を信じるんだ、俺。」
そして着ていた礼服を す べ て 脱 ぎ 捨 て た 。 素 早 く。
ためらいを見せては失礼だ。それに俺の肉体美はどこに出しても恥ずかしくない。
「うっ。」
「これは・・・。」
「何てことだ。」
うめき声から、驚きの声まで、各種声が上がる。
どうだ、俺の肉体美に恐れおののいたか。テッドは腰に手を当てて胸を張った。
「何と破廉恥な。!」
「いったいどんな教育をしているんだ!」
「今日は女性スタッフがいなくてよかった・・・。」
思ってたのと違う。
テッドの国の感覚では裸に近く感じられるため、裸族、裸族、と言われるが、彼らは衣類を着用していないわけではない。面積が小さいだけである。
男性はものすごくショートなショートパンツ、女性はやはりショートなショートパンツに胸当てが通常の衣装となる。それが彼らにとっての「服」である。
すなわち、その服装を整えていなければ、無礼であり異常であると考えられるであろう。
他人の前に完全な裸をさらすのは破廉恥であり、準公式な場で裸になるなど論外である。
そう、今のテッドである。
ネイデイ国担当者はため息をついた。
「破廉恥にもほどがあります。今日は男性スタッフばかりで本当に良かった。まあ、良いでしょう。常識を知らない貴方に常識を教えることで、神もわたくしに加護を与え、偉大なる筋肉をお与えになるでしょう。」
こちらをどうぞ、と渡されえたネイデイ国衣装は、外交使節にふさわしい、宝飾品が要所要所に縫い付けられ、金糸が輝くベルベットの超ショートなショートパンツだった。
「これまでに我が国に貴国からお越しいただいた方々よりも、あなたはお幸せそうで、それは良いことです。しかし、我々の上司であり、貴国からの書類の受け取りを行う外務省担当官に会うためにはまだ足りません。」
「幸せ、ですか?」
聞きたいことは山ほどある。
「そうです。幸せは筋肉量で分かります。適正なトレーニングを行うための財力と精神力が筋肉に現れます。そして、我々が幸せであることを神は望んでおられるのです。」
「足りないとは・・・?」
「他の方よりも状態は良いですが、筋肉量が足りません。」
「筋肉が足りない・・・。」
「はい、お会いいただくために必要な筋肉をつけるために、わたくしがお手伝いいたしましょう。」
ネイデイ国で高官に会うためには、病気療養中などの例外を除いて、一定以上の筋肉が必要とされる。
実は服飾文化も筋肉必須条件も、サディの用意した資料には書かれていたのである。正に自業自得。
テッドは、ネイデイ国行きが決まった後、外務省に就職していた学生時代の友人に、「ありがとうなあ~。ネイデイ国行きは大変な上に、結果的に長期になっちゃうんだよ。」と泣かんばかりに感謝されたことを思い出した。これだったのか。筋肉をつけてからの外交交渉だったのか。
筋肉不足を指摘された上に、色々と新しい情報を吸収しかねて呆然とするテッドは、ひとまずランドルフ家に連れて行かれた。
大きなお屋敷であったが、トレーニングルームがお屋敷の5分の1くらいはあった。
壁面鏡張りである。
国境地点の建物で、ネイデイ国スタッフも本来のネイデイ国衣類に着替えている。ゲイルはテッドよりも1世代若く、素晴らしい肉体美だった。テッドですらそれはわかった。
隣に立って鏡に映るのが嫌である。
トレーニングルームの扉がガチャリと開いた。
「わたくしの父です。」
「やあ、いらっしゃい。」
テッドよりも年上だが、自主トレーニングもしていないテッドに比べれば、大した筋肉量である。超ショートパンツも苦にならない体型である。
「年を取ると、筋肉が落ちるペースが早くなって行きます。ですが、筋肉は年をとってもつけることができます。その筋肉を維持するために必要な努力を考えると、同じ筋肉量であったとしても、年長者の方が尊敬を集めるのです。単なる美醜の問題ではありません。その背後にある努力が称えられるのです。」
ですから、父は尊敬を集めているのです、とゲイルは誇らしそうに語った。
結構な地獄の日々が待っていた。自主トレ組を馬鹿にしていたテッドである。日々のトレーニングに根をあげて、逃げようとしたこともある。良い笑顔のゲイルに捕まった。
ゲイルと並んで鏡の前に立つと、嫌でも自分の劣化を見せつけられた。筋肉だけではない、肌のはりつやなども劣化していることを認めざるを得ない。
劣化に逆らい筋肉を維持している年長者の方が尊敬されるという、ネイデイ国の素晴らしい考え方に従えば、何も嫌がることなどない。しかし、テッドは、若い肉体の肉体美が頂点である(自分はそれを持っている)と考えてここまで生きてきたのである。そうそう簡単に価値観は変わらない。
テッドは、自分のこれまでの行動を恥じた。
トレーニングルームの綺麗なフローリングの床を転げまわりそうになった。
自分は劣化していたこと、上には上の筋肉がある、自分の今のレベルは駄目駄目だということを思い知らされた。
3ヶ月後、外務省高官との面会許可が下り、無事に外交文書を手渡してテッドは帰国した。
テッドのネイデイ国出張中の3ヶ月間、平穏であったフィクソン家だが、テッドの帰国後も平穏は守られたらしい。




