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その名はアレナディオ

「アレナディオ……、アレナディオ……」

その幼い金髪の修道僧は、虚空を見つめたまま、壊れた蓄音機のように同じ言葉を繰り返していた。

セナ・ジークフリートが風を切り、土埃を舞い上げて目前に舞い降りても、彼は瞬きひとつしない。視界に映っているはずのクエスターの姿も、周囲を包む異常な魔力のうねりも、彼には届いていないようだった。ただ、淡い色彩の唇が小刻みに震え、その名だけを紡ぎ続ける。

「ち、ままよ――動くなよ」

セナは舌打ち混じりに呟くと、細い身体を壊れ物を扱うように抱きかかえた。背中に生じた白銀の翼を力強く羽ばたかせ、一気に地を蹴る。

眼下には、巨大な人型の岩塊が立ち塞がっていた。マナの異常増大によって疑似生命を宿した不気味な造形物――ストーンゴーレムだ。それは逃がさぬと言わんばかりに岩の腕を振り上げたが、セナの飛翔速度はその鈍重な一撃を軽々と凌駕する。ゴーレムの頭上を鮮やかに飛び越え、セナは一直線に洞窟の入り口を目指した。

アルカナが危惧していたゾンビの群れは、すでに先遣隊の手によって駆逐されていた。腐肉の臭いだけが漂う静まり返った通路を抜け、セナは外の光が差し込む入り口へとたどり着く。

「おかえり、セナ。無事でよかった」

待ち構えていた小泉亮コイズミマコトが、安堵の溜息とともに駆け寄った。セナは着地すると同時にマコトと軽くハイタッチを交わし、互いの無事を確認し合う。その手から伝わる温もりが、戦場に近いこの場所で唯一の安らぎだった。

「おやおや、カワイイお客さんだ」

男装の麗人にも似た風貌のアルカナが、歩み寄って修道僧の頭にそっと手を置いた。アルカナの指先が金色の髪に触れても、少年は力なく座り込むだけで反応を示さない。ただ、呪文のように「アレナディオ」という呟きを漏らすだけだ。

マコトはその小さな肩を優しく抱きしめた。女性特有の柔らかい抱擁が、少年の凍りついた心を溶かすことを願って。

「怖かったな。でも、もう大丈夫。私たちがついているから。……ねえ、心配することはないよ。でも、教えてくれないかな。君がずっと言っている『アレナディオ』って、一体何のことなの?」

マコトの穏やかな、染み通るような声が少年の鼓膜を叩いた。その瞬間、少年の瞳にわずかな光が宿る。しかし、それは生身の人間の光ではなく、冷徹な機械が起動したかのような無機質な輝きだった。

「アレナディオ――垂直発射型光子魚雷16門を主兵装とする、青のシェルリィ基礎設計による、フォトンエリミネーター型2番艦。対奈落用打撃型主力空中戦艦、ペットネーム、白のアレナディオ。現在マナ強制集積中。起動レベル到達まで3時間弱」

少年の口から溢れ出したのは、先ほどまでの怯えた子供の言葉ではなかった。それはあまりにも理路整然とした、そしてこの剣と魔法の世界には不釣り合いな、冷たい情報の羅列。

その場にいたクエスターたちの背筋に、凍りつくような戦慄が走る。全員の脳裏に、かつてアルフが作った忌まわしき「遺物レリクス」というフレーズが、警告灯のように点滅した。

「クリスさん、カバラ無線機は、やはり圏外ですか?」

アルカナが、傍らに立つクリス・メイナードに視線を向けた。その声音は低く、すでに事態の深刻さを正確に把握していた。それはもはや質問ではなく、次の行動を促すための確認であった。

「ええ、ここじゃ無理だわ。近くの村まで馬車を走らせてみる。そこなら通信が届くはずよ」

クリスは短く答えると、手際よく御者のADに馬車を任せた。自らは腰に下げたカメラを手に取り、迷いのない足取りで再び洞窟の奥へと向かう。この異常な事態を記録し、解決の糸口を見出すために。

「アレナディオを、止めるには、どうすればいいの? 教えて」

マコトは少年の震える手を引き、目線を合わせるようにして立たせた。少年の言葉が真実なら、あと三時間足らずでこの地に未曾有の破壊をもたらす「戦艦」が産声を上げてしまう。

「制御ユニットを破壊する。あるいは、マナの結晶を、反応炉から引き抜くこと」

少年の答えは明快だった。マナの結晶――すなわち、この世界の理を歪めるほどのエネルギーを秘めた「シャード」そのものである。

誰もこの状況を、子供の戯言や空想として切り捨てる者はなかった。洞窟の奥から響いてくる、大地を震わせるような重低音。それは少年の言う「起動」へのカウントダウンに他ならない。

言葉はなかった。覚悟があった。

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