ブレイク禁止
「今回の作戦はひとつ。――ブレイクするな、だ」
騎乗用の巨鳥、レアミューが曳く車中。本来なら馬車と呼ぶべきだが、その二本足は蹄ではなく強靭な爪。正確には「鳥車」とでも形容すべき揺れの中で、アルカナは携帯用のホワイトボードに太い文字でそう揮毫した。
「ブレイク」――それはクエスターが生命の危機に瀕した際、神の欠片である「シャード」の助力を得て肉体限界を超越させる現象だ。奇跡的な逆転劇を可能にする切り札だが、その代償はあまりに重い。限界を超えたブレイク中にさらなる深手を負えば、待っているのは確実な「死」だ。加えて、ブレイク中の損傷は「加護」以外では、癒えることがない。
「今回の相手、ゾンビは個体としては雑魚だ。だが、数に物を言わせたラッキーヒットは馬鹿にできない」
アルカナは冷静に現状を分析する。自分たちの実力は敵を大きく上回っている。広域攻撃魔法を叩き込めば、腐肉の群れを薙ぎ払うのは容易だろう。しかし、彼の視線は楽観を許していなかった。
「だが、敵がゾンビだけとは限らない予想外の相手、あるいは事態の元凶が潜んでいる可能性は捨てきれないからな」
アルカナは、向かい合って座る、小泉亮とセナ・ジークフリートに鋭い視線を向け、注意を促した。
「一人でも手持ちのキズ薬が尽きたら、その時点で三人揃って即撤退だ。映像映えはしないだろうが、こんなことで軽々に生命を懸けるな。いいか、我々にイドゥン使いが一人でもいれば継戦能力は段違いだったが、あいにく今回は不在だ。リソース管理を誤れば、そのまま詰みかねん」
死霊が跋扈する現場に、救いの女神はいない。ゾンビ現象を引き起こしている「親玉」がいないなどという保証はどこにもなかった。アルカナの言葉は、プロとしての冷徹な判断と、仲間を死なせたくないという不器用な情熱が混ざり合っている。
「ただし――残留している人間がー一人でもいれば、そちらの救出を最優先する。なあ、白皓姫」
不意に芸名を呼ばれ、マコトは自身の内に眠る力を意識した。白き輝きを秘めたその力は、今も静かに彼の血の中で脈動している。
「分かった、アルカナ。キズ薬は百パーセントは信頼できないけど……君の判断は信頼する」
マコトは覚悟を決めたように背筋を伸ばした。その顔には、初陣特有の硬さと、選ばれた者としての誇りが混在している。
「マコト、デビュー戦だからって、そう気張るなよ。肩の力が入りすぎると、避けられる攻撃も避けられなくなるぜ?」
隣で忍者刀の柄を弄んでいたセナが、軽くマコトの腰の木刀を叩く。経験豊富な彼女の笑みは、死地に向かう者とは思えないほど軽やかだ。
「分かっている。……しかし、本当にテレビに映るのか。ボクが……」
ふとした瞬間に漏れたマコトの本音に、車内の空気がわずかに和らぐ。彼らにとってこれは聖戦であると同時に、衆目に晒される「コンテンツ」でもあった。
前方の視界が開け、目的地の遺跡が姿を現した。それは巨大な自然洞窟の内部に、飲み込まれるようにして建つ古い神殿だった。湿った冷気と共に、腐敗した肉と古い埃が混ざり合った異臭が、鳥車の中まで流れ込んでくる。
「うへぇ、鼻が曲がりそう。……でも、みんなスマイルよろしくっ! 視聴者はヒーローの引きつった顔なんて見たくないんだからね!」
場にそぐわない明るい声を上げたのは、クリス・メイナードプロデューサーだ。彼女は愛機である「カバラカメラ」を器用に操り、既にレンズを一行に向けている。彼女が先陣を切って車外へ飛び出すと、赤い録画ランプが洞窟の闇を不気味に照らし出した。
「さあ、番組開始よ。最高の絵を撮らせてちょうだい!」
最悪の異臭と、最良の映像。
死の気配が漂う神殿を前に、四人の歩みが加速する。
この先に待ち受ける運命の中で、彼らにはまだ知る由もない。
この戦いが、「アレナディオ」を新たな仲間に迎えるための、運命のプロローグになるということを。




