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栄光への転進

乾いた銃声が、冷え切った廊下の空気を切り裂いた。それは、日常が完全に崩壊したことを告げる終焉の合図だった。

乱暴にドアが蹴り開けられる衝撃。蝶番が悲鳴を上げ、舞い上がった埃の中に倒れ込んできたのは、仲間であるはずのクリス・メイナードだった。

「クリス……!」

誰かの喉から漏れた掠れた声。しかし、その呼びかけに応える余裕は彼にはなかった。床に突っ伏した彼の上半身は、見るも無惨に朱に染まっている。温かい血が床のタイルの溝を伝い、どす黒い模様を描いていく。その鮮血の赤は、この殺伐とした空間において、あまりにも生々しく「生」の終わりを予感させた。

その背後、硝煙が漂うドアの向こう側に、冷徹な死神が立っていた。

見知らぬ軍服に身を包んだ女性。その瞳には慈悲の欠片もなく、ただ獲物を追い詰めた狩人の愉悦が静かに灯っている。彼女の名は、サイレン・カシュナート技術大佐。その冷徹な立ち姿は、彼女が歩んできた血塗られた道のりを雄弁に物語っていた。

「初めまして諸君。君たちにアレナディオの件で話を聞きに来たが……」

サイレンの声は、氷を撫でるような冷たさを孕んでいた。彼女は倒れ伏すクリスを一瞥だにせず、部屋の中にいる面々を品定めするように見渡す。その視線に射抜かれた瞬間、心臓が凍りつくような錯覚に陥る。

「予想以上に興味深い。続きは、より『話しやすい』軍事ブロックで聞くとしよう」

彼女が背後の憲兵たちに顎で合図を送る。鉄の規律に縛られた男たちが、獲物を捕らえるべく一歩を踏み出す。だが、その足は二歩目を刻むことはなかった。

空間が、凍りついた。

憲兵たちの周囲、一見なにもないはずの虚空に、微かな光の反射が走る。それは、死の境界線。縦横無尽に張り巡らされた鋼の糸が、彼らの肉体を網の目のように囲んでいた。動けば最後、手足はおろか、その首さえも容易に断ち切られるだろう。死の予感に、屈強な兵士たちの額から脂汗が伝う。

「金遁忍法――糸砦。逃げるぞ皆」

セナ・ジークフリートの声が響く。それは、絶望の淵で鳴り響いた希望の鐘だった。

セナの背後で、漆黒の翼が力強く翻る。夜の闇を切り取ったかのようなその羽根は、退路を断たれた彼らにとっての唯一の救いだった。同時に、ノエルもまた己の真実の姿をさらけ出す。眩いばかりの純白の翼。光と影が交錯し、狭い室内は一瞬にして幻想的な、しかし痛烈な緊迫感に包まれた。

アルカナは迷うことなくロッカーに手を伸ばし、使い古されたはずの「相棒」を掴み出した。一本のほうき。彼女がそれに跨り、小泉亮コイズミマコトを後ろに乗せる動作には、一分の無駄もなかった。

セナの号令から、全員が脱出の体勢を整えるまで、わずか9.2秒。

言葉を交わす暇などなかった。長きにわたる戦いの中で培われた絆が、思考を介さずとも彼らの体を最適に動かしていた。

「地表区画でアシを確保しましょう」

アルカナの声は、驚くほど冷静だった。その「正論」は、パニックに陥りかけたマコトの心を辛うじて現実に繋ぎ止める。しかし、逃げ場のない空へと飛び出した彼らを待ち受けていたのは、さらなる絶望の影だった。

「それしかないか……。いや、嫌な気配が上からします」

マコトが震える視線を天に向けた。

そこには、重苦しい軍事ブロックの影を割って現れる、巨大な異形があった。――イノピナートゥス。その巨影は、地上の全てを蹂躙するために降り立つ死の化身。

見上げる空を塗りつぶすその威容に、風さえも恐れをなして止まったかのようだった。

「この気配――奈落?」

ノエルの唇が戦慄に震える。

耳の奥で、悲鳴のようなシャードの共鳴が止まらない。それは、魂を直接爪立てられるような不快な共鳴だった。かつて味わったことのない、底知れない悪意。深淵から覗き込む瞳に見つめられているような、根源的な恐怖が彼女の小さな肩を震わせる。

逃げるか、抗うか。

空を覆い尽くさんとする巨影を見上げ、セナの瞳に鋭い光が宿った。

恐怖を焼き切るような、苛烈な決意の炎。

「落とそう」

その一言に、迷いはなかった。

絶望的な体格差、戦力差。そんなものは関係ない。仲間を傷つけ、自分たちの居場所を奪おうとする者への、剥き出しの怒りだけがそこにあった。

上空から降り注ぐプレッシャーを跳ね返すように、彼らは翼を羽ばたかせる。

眼下には朱に染まった友、目前には冷酷な大佐、そして頭上には世界の終わりを象徴する巨影。

逃走から反撃へ。9.2秒の連携は、今、神をも殺しかねない刃となって天空へと突き進む。


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