星は舞い降りた
夜空を切り裂くローター音が、キャビン内に重低音として響いている。
カバラカメラの赤いレンズが、少年の横顔を冷徹に、しかし情熱的に映し出していた。
「うn、セナくん、もっと笑って! やっぱり凛々しい系の少年ニンジャは絵になるわね。君は今日から『公認クエスター』。奈落に堕ちたアルフ……つまり、あの忌まわしきフォモールの邪悪な儀式に、正義の鉄槌を降ろす英雄なんだから。初仕事で緊張するのはわかるけど、もうチョイリラックスしてちょうだい」
プロデューサーのクリス・メイナードは、手元のカバラ端末「セフィロト」で諸々、チェックしながら、いかにも業界人らしい「完璧な営業スマイル」を少年に投げかけた。
公認クエスター、星影丸。
本名をセナ・ジークフリートという。
彼は気流で不規則に揺れるカバラ回転翼機の中で、自身の運命を象徴するかのような重い衣装をまとい、クリスの笑顔に同質の「営業スマイル」を返した。
「クリスP、この衣装と言いますか……。この、膝を丸出しにした半ズボン、どうにかなりませんか。俺、もう12歳ですよ。流石にこれは、少し……」
「いーのいーの! 脚は出しても、本音は出さない。それがプロってものよ。邪教の儀式を邪魔するために、君が颯爽と乱入する……。その瞬間、太ももから膝にかけてのラインがカメラに映えるの。公認クエスターはね、目立ってなんぼなの。いい? 視聴者はドラマを求めてるのよ」
クリスはそう言って、豊かなバストを強調するように胸を張った。彼女のアバウトな指示と、それを裏打ちする強引な情熱は、時としてセナを辟易させた。
「あ、大変! 時計見て。もう中継が始まっちゃう。座標は真下、でも着陸させてる時間が無いわ!」
「時間がなければ、飛び降りますよ。……公認クエスター星影丸、行きます!」
セナは一瞬で「仕事の顔」に切り替えた。カメラが回っていることをサイドミラーの反射で確認すると、彼はヘリのハッチを力任せに解放した。
吹き込む暴力的な風が銀髪を乱す。セナは躊躇することなく、漆黒の夜空へと身を躍らせた。
数百メートルの高度からの自由落下。
地上から見れば、それは自死を望む絶望的なダイブ、あるいはミンチ必至の事故に見えただろう。しかし、地面が牙を剥いて迫る直前、セナの背中から異形の「何か」が噴出した。
それは、コウモリを彷彿とさせる、禍々しくも美しい黒い翼。
膜を張ったようなその翼が夜風を捉えると、見る見るうちに落下速度が殺されていく。
これは、奈落の力を持つ者だけが持つ、呪われた特技だ。
「奈落の血統」という、忌むべき宿命を背負いながら、それを正義のために振るう少年ニンジャ、星影丸。それがセナ・ジークフリートが世界に提示している「表の顔」であった。
視界の先、古びた神殿の跡地に、禍々しい祭壇が鎮座していた。
その傍らに立つのは、フォモールと思われる巨漢。岩のような筋肉と、どす黒いオーラを纏った怪人だ。
祭壇の上には、鈍い光を放つ石造りの大剣が横たえられていた。
その剣の名は「ニュクス」。
機械神がこの世界を統べる以前の遺物、いわゆるレリクスだ。
剣の周囲では、陽炎のような空間の歪みが発生しており、現実と非現実の境界が曖昧になっているのが見て取れた。
しかし、戦場には先客がいた。
「……最後に来て、オイシイところだけ持っていく気か」
吐き捨てるように言ったのは、金褐色の波打つ長髪をなびかせた男、アルカナだ。彼は愛用の太刀を構え、その剣先から猛烈な火炎を放った。炎は空中で三つの輪を描き、必殺の檻となってフォモールを拘束する。
「助力する神威あれ、トール」
セナは空中で印を組み、古代の神「トール」の加護を発動。
青白い電光が駆け抜け、その破壊力を爆発的に高める。
「はあああああッ!」
アルカナの炎とセナの雷撃。二つの力が干渉し合い、フォモールの巨躯は内側から弾け飛んだ。
「……やった」
着地し、確かな手応えを感じたセナの口から安堵の溜息が漏れる。
だが、その一瞬の隙、その「満足」が命取りとなった。
倒れ伏したフォモールの血が、祭壇のレリクス「ニュクス」に触れた瞬間、空間の歪みが暴走を始めた。
事前のブリーフィングにはなかった事態だ。歪みは吸い込まれるような引力を発生させ、最も近くにいたセナを捉える。
「え……っ、あ、ああっ!?」
「セナ! 離れろ!」
アルカナの叫びも虚しく、セナの身体は重力とは異なる力で地面から浮き上がった。
カメラのレンズ越しに、クリスの悲鳴が聞こえたような気がした。
目の前が白銀の光に包まれ、内臓が裏返るような感覚が襲う。
それは、異世界への「強制転移」であった。
セナの意識は急速に遠のき、黒い翼は光の中に溶けていく。
彼が次に関門を開ける場所。
そこは魔法もニンジャも、奈落の呪いさえも「物語」の中にしか存在しないはずの世界。
ブルースフィア――。
彼が「地球」と呼ぶことになる星であった。




