鋼鉄の乙女
「……御意のままに」
ファウスト少佐が重い腰を上げ、出口へと向かおうとしたその時だった。軍事ブロックの重厚な自動ドアが、これまでの静寂を切り裂くような鋭い金属音を立てて開放された。
「会議の欠席、確かに承りました、ゾンバルト中将閣下」
低く、しかし驚くほど透徹した声が、展望室の空気を一瞬で凍らせた。
入ってきたのは、一人の女性将校だった。一点の皺もない真帝国の黒い軍服。その肩に輝く大佐の階級章以上に目を引くのは、剃刀のように鋭い眼光と、鋼鉄の光沢を放つ銀髪を完璧な夜会巻きにした、その冷徹な容貌であった。
サイレン・カシュナート技術大佐。
シェフェルト工廠において、ガルガンチュア級三番艦「イノピナートゥス」を、無人というコンセプトで設計から完成へと導いた若き天才であり、真帝国技術局が誇る「新時代の牙」である。
「カ、カシュナート大佐……」
ゾンバルトが双眼鏡を首から下げたまま、だらしなく口を半開きにして振り返った。彼の鼻髭が、彼女の放つ威圧感に気圧されたかのように、情けなく震える。
「なぜ貴様がここにいる。会議は階下の戦略室のはずだ」
「旧式の演算装置(脳)をお持ちの方々が集まる場所には、私の部下を向かわせました。私はただ、我が『息子』の初陣を、その所有権を保持する方に説明しに来たまでです」
サイレンはゾンバルトの肥満体を一瞥すると、まるで汚物でも見るかのような冷ややかな視線を投げかけ、悠然と窓際へ歩み寄った。彼女の軍靴が刻む「コツ、コツ」という正確なリズムは、まるで処刑台へ向かうカウントダウン、あるいは非常事態を告げるサイレンの響きそのものだった。
彼女はゾンバルトの隣に立つと、窓の外を漂う「イノピナートゥス」へ視線を向けた。その瞳に宿るのは慈愛ではなく、完璧な計算式が具現化したことへの、狂気にも似た充足感だった。
「先ほど、これを『オモチャ』とおっしゃいましたね? 中将閣下。貴方の言う『兵士の血と汗』、そして『戦友との絆』などという不確定要素を、私はこの艦から一切排除しました。この艦にあるのは、純粋な破壊の意志と、それを遂行する完璧なプログラムだけです」
「ふん、血の通わん機械に何ができる。戦場を支配するのは最後には『個人の胆力』だ。そのような鉄の塊、風に煽られれば沈むのがオチよ」
ゾンバルトは虚勢を張ったが、サイレンは動じない。彼女は手袋をはめた指先で、窓ガラスに映る艦首の紋章をなぞった。
「胆力、ですか。……閣下、この『イノピナートゥス(予期せぬ者)』という名は、敵にとっての絶望であると同時に、貴方方のような『旧時代の遺物』にとっての引導でもあります。この艦が最初の火を噴く時、それは帝国軍が人間という脆弱な部品から解放される瞬間に他ならない」
彼女はそこで言葉を切り、初めて背後にいたファウスト少佐に目を向けた。その視線は、ファウストの脂ぎった顔の奥にある、微かな諦観さえも見透かしているかのようだった。
「ファウスト少佐。貴方はどちらが効率的だとお考えですか? 意志を持たず命じるままに墜落する兵士と、意志を持たず命じるままに敵を殲滅する鋼鉄。……答えは明白ですね」
ファウスト少佐は、喉の奥が鳴るのを必死に抑え、深々と頭を下げた。
「……私には、閣下の命令に従うことしか許されておりません」
「賢明ですね。その従順さだけは、無人機の回路に組み込む価値がありそうだ」
サイレンは冷たく微笑むと、再び窓の外の巨艦を見据えた。雲海を裂いて進む「イノピナートゥス」の影が、積層都市バルトロマイを飲み込むように広がっていく。
かつての道化である老将と、その無気力な影である少佐。そして、感情を鉄で塗り潰した新時代の乙女。
三人の視線の先で、天翔ける鋼鉄の火薬庫は、誰の理解も及ばぬ沈黙を守ったまま、静かに「予期せぬ一撃」の時を待っていた。




