黄金の矛盾
「……さて、南雲の秘蔵っ子を拝むとしようか」
薄暗い地下図書室。アルカナは本棚の影に腰を下ろし、古びたタロットを弄んでいた。
指先で弾かれた一枚が、意思を持つかのように宙で静止する。
現れたのは、真理と孤高を象徴する**『Der Eremit(隠者)』**。
ジークフリート家。先帝グスタフに忠義を尽くし、帝国の盾としてその名を馳せた名門。だが、その誇り高き家系が「奈落の血」という不純物を飲み込んだ。
一族が必死に隠そうとしたその少年が、今やヤシマの大使に拾われ、牙を研いでいる。観測者としての好奇心が、アルカナをここへ導いた。
(来たか)
足音はない。だが、書架の間の空気が微かに、鋭く震えた。
セナ・ジークフリート。その少年が歩を進めるたび、周囲の魔素が金属的な緊張を帯びていく。
アルカナは視線を上げた。そこには、若さに似合わぬ「静止した瞳」を持つ少年が立っていた。
「……誰だ」
削ぎ落とされた声。感情の代わりに、そこには凍てついた規律がある。
アルカナの「眼」は、少年の内側に渦巻く壮絶な矛盾を捉えていた。
祖母から注がれた呪詛と期待。忠臣の一族として守るべき矜持と、血管を流れる昏い奈落の泥。そのすべてを「黄金」の意志力へと力ずくで変容させている。
「おや、気配が全くなかった。流石は南雲殿が育てた『星の欠片』だ」
アルカナは優雅に微笑んだ。
少年が指先に金遁の魔力を凝縮させる。触れれば魂まで削り取られそうな、純化された殺意。
かつて主君に捧げられたジークフリートの忠誠心が、今やこの少年の中では、自分自身を規定するための鋭利な刃に変わっている。
「怯える必要はない。君の中に流れる『奈落の血』と、その手に宿した『黄金の意志』。その矛盾が混ざり合う時、世界にどんな旋律が流れるのか……僕はそれを見届けたいだけさ」
すれ違いざま、少年の肩に触れる。
氷のような冷徹さの奥底で、血を吐くような自己証明の熱が爆ぜていた。
一族の誇りと奈落の呪い、その狭間で「ニンジャ」という道を選んだ稀有なサンプル。
(ジークフリートの忠義を、己が誇りへと書き換えたか。実に見ものだ)
アルカナは霧に溶けるように消え去りながら、最後の一枚を念じ、少年の運命の軌道へ残した。
『Das Schicksalsrad(運命の輪)』
「さあ、回れ。星の名を冠する少年のために」
図書室を出るアルカナの口元には、愉悦の形が刻まれていた。
家系という重力から解き放たれ、公認クエスターという新たな命を得ようとする少年。その輝きがどこまで届くのか、彼は特等席で見物するつもりだった。




