星影丸爆誕
セナ・ジークフリートは、夢を見ていた。
それは、淡く消え去った幼年期の終わりと、光の見えない少年期が交差する、境界線のような記憶。
「この、母殺しが……!」
その罵声は、一日に一度、儀式のように祖母から浴びせられるものだった。
病弱だった母アイルが亡くなり、他に身寄りのなかったセナは、バルトロマイ近郊の農村——地主にして武門の誉れ高い「ジークフリート家」の祖母に引き取られた。
この家の家訓は峻烈であった。「ジークフリートの男子、床について死なず」。
戦場でこそ生を全うせよと説く一門において、一人娘のアイルは異端だった。選抜徴兵によって戦地へ向かった彼女は、そこで敵軍の凌辱を受け、望まぬ子を孕んだ末に出奔したのだ。
祖母にしてみれば、娘は五年間も行方をくらました末、変わり果てた姿となって「どこの誰かも分からぬ男の種」を遺していった身勝手な女に過ぎなかった。
さらに、セナの瞳の奥に宿る仄暗い輝きが、何より祖母を絶望させた。
セナの身体には、忌むべき「奈落の血」が流れていたのだ。
祖母の憎悪は深かった。しかし、彼女を突き動かしていたのは憎しみだけではない。先帝、沈黙帝グスタフの即位より側仕えをしてきたジークフリート家の矜持。この誇り高き血筋を、たとえ泥を混ぜてでも絶やしてはならないという狂信的な義務感。その一念だけが、セナの首の皮一枚を繋ぎ止めていた。
「立て、この出来損ないが。お前の身体が頑健なのは、その呪われた血のせいだ。ならば、その呪いごと使い潰してやる」
祖母による苛烈な鍛錬は、教育というよりは拷問に近かった。冬の結氷した川への入水、重い石板を背負っての山嶺駆け。だが、セナは耐えた。奈落の血がもたらす超常的な回復力と、凍てつくような孤独が、彼の心を鋼へと変えていった。
セナが陸軍幼年学校へ入学できたのは、その並外れた身体能力ゆえだった。しかし、帝国軍部にとって彼は「使い捨ての駒」に過ぎない。
入学して間もなく、彼に下された初任務は、軍の不穏分子を排除するための**「毒殺」**であった。
標的の名は、南雲久永。
ヤシマ大使への就任を間近に控えた、ヤシマの知性派として知られる男だ。
深夜、セナは音もなく南雲の私邸に侵入した。枕元に忍び寄り、致死毒を塗った短刀を振り下ろそうとしたその瞬間——。
「迷いがないな。だが、その意志は君自身のものか?」
暗闇の中で、南雲の瞳が発光した。セナの刃は、南雲が展開した見えない壁に阻まれ、火花を散らす。
セナは驚愕した。殺気を感じ取られたのではない。自分の「殺意の純度」を見透かされたことに。
南雲は動じなかった。彼は自分を殺そうとした少年の中に、復讐心でも狂気でもない、ただひたすらに純粋な「不動の意志」を見た。
「ジークフリートの落とし子か。帝国に飼い殺されるには惜しい。……どうだ、私の『ニンジャ』にならないか?」
それが、セナの人生が真に始まった瞬間だった。
南雲にスカウトされたセナは、帝都グラズヘイムにあるヤシマ大使館へと身を寄せた。そこは帝国の法が及ばぬ、異国の知恵と技術が混ざり合う聖域。そこでセナは、古の隠密術、すなわち「忍術」の修行に明け暮れることになる。
修行から三年。セナは、ニンジャの中でも使い手が少ない。「金遁の術」をマスターする。
白色の輝きを自在に操るようになった時、セナの心から「母殺し」の呪縛が消えていた。
「自分は、自分自身の力で、ここに立っている」
その揺るぎない自信が、彼の放つオーラをより一層強固なものへと変えた。
ある日、南雲はセナを執務室に呼び出した。
机の上に置かれていたのは、光を放つ「シャード」。
「セナ。君はもう、影の中に潜むだけの存在ではない。この世界の歪みを正し、人々を導く光の守護者……クエスターとなる資格がある」
南雲から手渡されたシャードがセナの手の中で脈動し、彼の精神と共鳴する。
その瞬間、セナの纏う装束が変化した。深い闇のような黒に、自身が練り上げた白銀の装飾が走る。
「これで君は、ギルド公認のクエスターだ。名は……そうだな。夜空を切り裂き、希望を示す一筋の影。**『星影丸』**と名乗るがいい」
セナ・ジークフリート。
呪われた血を宿した少年は、今、その名を捨てたわけではない。過去のすべてを背負ったまま、帝国の闇を照らす白銀の忍として、新たな戦いへと足を踏み出したのである。




