絶叫の鋼
「ここまで近づけば、砲弾は打ち込めまい」
それは、死線を潜り抜けてきた、セナ・ジークフリートの内に生じた、わずかな心の隙だったのかもしれない。あるいは、隣で戦う、小泉亮の超常的な力への信頼が、無意識に警戒を緩めさせたのか。
その一瞬、二人の緊張がふっと解けた刹那を、戦場に潜む死神は見逃さなかった。
沈黙したかに見えたロシナン・プロト03。その内部で、暴走したリアクターが奈落から破壊力を引き出した。
神威アレーーアカラナータ。
システムから放たれる無機質な宣言と共に、漆黒の炎が噴き上がる。それは熱を帯びた火炎というよりも、存在そのものを削り取る負のエネルギーの奔流だった。
「あ……っ!」
逃げる間もなく、黒炎がセナとマコトを包み込む。炎は二人の防具をじわじわと侵食し、逃げ場のない熱が肉体を直に灼き焦がす。肌が焼ける臭いと、防具が悲鳴を上げる音が重なり、マコトの身体に追い打ちをかけるように漆黒の稲妻が走った。
神威アレーートール。
無慈悲な追撃が、少女の細い体を貫こうとする。だが、マコトの瞳に宿る光は消えなかった。彼女は己の限界を躊躇なく踏み越える。
マコトはブレイク覚悟で、セナの前に躍り出た。
「セナには、触れさせない……!」
衝撃が彼女の全身を突き抜ける。その代償はあまりに大きく、マコトの身体からは限界を示す白い煙が立ちのぼる。
精神が肉体を凌駕するーーブレイクであった。
意識が遠のくほどの負荷の中で、マコトは残った力のすべてを振り絞る。
魔力の消費が激しすぎて、普段ならば乱用することなど到底できない「光の網」を空中に展開した。網は逃走を図るイエーガーIV型を蜘蛛の巣のように絡め取り、さらにマコトの怒りに呼応した念動力が、鋼鉄の巨躯を地面へと強引に押さえつける。
「神威あれーーフツノミタマ」
マコトが発動したのは、傷の深さの分だけ破壊力を増す加護。
今、彼女はブレイク中。それは生死の境を彷徨っているも同然の状態であり、そこから生み出される破壊力は、制御不能なほどに、危険なほどに膨れあがっていく。
「マコト……っ、合わせるぞ!」
彼女の覚悟に応えるべく、セナもまた残された力を闘志に変える。
「神威あれーートール」
セナの加護がマコトの破壊力をさらに底上げし、戦場は雷鳴と魔力の光に包まれた。だが、敵もまた死に体でありながら牙を剥く。
神威アレーーオーディン。
ロシナン・プロト03が、強制的に加護を打ち消しにかかる。空間が歪み、魔力の均衡が崩れそうになったその時、魔法使いの青年・アルカナが割って入った。
「神威あれーーオーディン」
アルカナが真っ向から加護合戦に持ち込む。互いの魔力が火花を散らすが、アルカナの放ったオーディンがロシナンの干渉を上書きし、その余波でロシナン・プロト03のフレームは盛大に歪み、軋みを上げた。
一方、先にレールガンの直撃を受けていたロシナン・プロト01が、この近接戦を危ういと見たか、距離を置こうと後退を始める。
「行かせるかよ!」
セナが即座に反応した。袖口から放たれた鋼糸が、猛烈な勢いでプロト01の動輪を絡め取る。
「神威あれーーエーギル」
鋼の噛み合う、耳を突き刺すような嫌な音が響き渡る。それはまるで、意思を持たぬはずの鋼鉄が、苦悶の果てに上げている絶叫のようでもあった。
「セナ、今だ!」
アルカナの声が響く。
「神威あれーーブラギ」
アルカナの加護が、セナのトールを活性化させ、その出力を跳ね上げる。
セナは隠し持っていた大手裏剣を取り出した。鋼鉄のブーメランのような異形。それを忍びの型で構える。その動きに修道僧のノエルが祈りを捧げた。
「神威あれーーネルガルそしてヘイムダル」
ノエルの導きが、刃に必中の軌道を描かせる。
「神威あれーートール」
セナの、すべてを断ち切らんとする闘志が。
「神威あれーーヘル」
そして、ボロボロになりながら自分を守ったマコトへの、彼女の想いに応えようとするセナの情念が。
四つの加護が重なり合い、空間を揺るがす異常な大規模破壊力が大手裏剣に宿る。
セナの手を離れたそれは、銀色の閃光となって宙を舞い、見事な弧を描いた。
ズガァァァン!!
鋼鉄の手裏剣は、ロシナンたちの硬化テクタイトの装甲を紙細工のように切り裂き、砲塔を車輌との継ぎ目から鮮やかに両断した。火花とオイルが舞い散る中、大手裏剣は再び弧を描き、確かな手応えと重みとともに、セナの手元へと戻る。
残されたのは、首を失い、物言わぬ鉄の塊へと成り果てたロシナンたちの残骸だけだった。




