暴走
イエーガーIV型重戦車、シリアルナンバー「ロシナン・プロト03」の内部では、人間には感知できない速度で膨大な情報処理が行われていた。
居住スペースを排した暗闇のなか、新型リアクターから供給されるマナが、神経系を模したカバラ回路を巡る。03号機の論理演算ユニットは、外部センサーが捉えた四人のクエスターを「排除対象」と定義し、105mm榴弾砲の自動装填シーケンスを開始した。
突如、03号機のパッシブ・センサーが、空間の歪みを検知した。
僧衣の少年、ノエル・アレナディオ。その小さな手が虚空に触れた瞬間、座標の連続性が断絶し、そこから「この世界の理」にそぐわない異質な兵装が出現した。
「電磁加速砲――装填、完了です」
03号機の予測演算では、あの個体が物理的な脅威を生成する確率は1%未満と算出されていた。しかし、放たれた超音速の金属弾は、大気を引き裂く衝撃波と共にイエーガーの側面装甲へと着弾した。
硬化テクタイトの装甲が激しく火花を散らし、内部フレームに凄まじいGが加わる。マナによる衝撃減衰層が限界まで励起し、車体後部の排気口から過剰なエネルギーが青白い炎となって噴き出した。
【警告:第一装甲隔壁に亀裂。出力40%に低下。姿勢制御システムに重度のエラー】
論理回路は即座にダメージを評価し、ノエルの脅威度を「大」へと書き換えた。
続いて、賢者然とした青年、アルカナの手から、数発の巨大な火球が放たれた。
赤々と燃える魔力の塊が、被弾して煙を上げる03号機の車体を包み込む。爆炎が視界を覆い、周囲の土壌が熱でガラス化するほどの高温が襲った。
しかし、03号機のシステムログに刻まれたのは、冷徹なまでの「無傷」の判定であった。
【外部熱源検知。カバラ・リアクター、対魔力防壁を展開。エネルギー吸収率99.8%】
アルカナの放った火球は、皮肉にもイエーガーの心臓部と同じ「マナ」を根源とするものだった。同じ波長を持つエネルギーは、硬化テクタイトに刻まれた術式によって効率的に中和・霧散させられる。煙の中から現れたジャーマングレイの巨躯は、傷ひとつ増えてはいなかった。
「今だ、隙だらけだぜ!」
「……一気に決めるわよ!」
レールガンの衝撃から立ち直りきっていない03号機に対し、セナとマコトが肉薄する。
セナは影に紛れるような高速移動で戦車の死角へと回り込み、マコトは念動しょうげきで車体の姿勢を固定しようと不可視の圧力を叩きつける。
03号機の演算ユニットは、この近接状況を打開すべく、リアクターの出力を最大にまで引き上げる決定を下した。
「――アビスシャード、励起率上昇。臨界点を突破」
だが、その瞬間、リアクターの核として埋め込まれていた「深淵の欠片」が、帝国の制御プログラムを拒絶した。
論理回路に、絶叫にも似たノイズが走る。
健全なマナの色であった青白い発光が、どす黒い紫色の奔流へと変貌した。無人運用を支えるはずの自動制御システムが、内側から食い破られていく。
「ア、アア……ガッ……!!」
スピーカーからは、合成音声がバグを起こしたような、この世のものならぬ獣の唸り声が漏れ出した。
セナとマコトが手をかけようとしたその瞬間、イエーガーIV型の重厚な装甲の隙間から、制御不能となった「負のマナ」が触手のように溢れ出し、周囲の大気を腐食させ始めた。
完璧な兵器は、その内部に宿した「深淵」に飲み込まれ、クエスターたちを巻き込む巨大な災厄へと変質しようとしていた。




