鋼鉄の狩人
バルトロマイ近辺の荒涼とした大地に、冷徹な金属音が響き渡る。
帝国の軍事力を根幹から支える「カバラ技術」。その中枢とも言える魔力、すなわち「マナ」を物理的防御力へと変換する技術の追試験のため、ロシナン実験中隊に厳命が下った。新型リアクターを心臓部に宿した、イエーガーIV型重戦車分隊による実戦演習である。
重厚なジャーマングレイに塗装されたその車体は、陽光を吸い込み、不気味なほどの威圧感を放っていた。装甲には、超高圧環境下で錬成された「硬化テクタイト」が採用されている。ダイヤモンドに匹敵する硬度と、マナによる衝撃分散機能を兼ね備えたその外殻は、並大抵の物理攻撃や魔法を文字通り「無効化」する。
特筆すべきは、この戦車が「無人運用」を前提として設計されている点だ。
本来、戦車という鉄の箱の中で最も贅沢に、かつ無駄に場所を占有するのは「人間の居住スペース」である。イエーガーIV型にはそれがない。生存のための生命維持装置も、座席も、視認用のスリットすら不要なのだ。削ぎ落とされた空間のすべてには、105mm榴弾砲の砲弾が、死神の指先のように整然と詰め込まれている。
「極論、人が乗らない分だけ、より多くの死を積み込めるというわけか……」
実験中隊の整備兵が漏らした呟きは、風に消えた。
演習当日。
この「鋼鉄の怪物」の性能を測るための仮想敵として、ギルドから四人の公認クエスターが招かれた。
「わあ、これが新型戦車! 渋いなあ、このマットな質感!」
真っ先に声を弾ませたのは、少年忍者のセナ・ジークフリート――公認クエスター名、星影丸――だ。彼は忍装束の裾を翻しながら、イエーガーIV型の周囲を跳ねるように動き回り、携帯端末のシャッターを切り続ける。レンズ越しに見る、カバラ回路が淡く発光する重戦車の姿に、彼の瞳は少年のそれとして輝いていた。
「男の子って、本当にこういうのが好きなの……」
呆れたような、それでいてどこか見守るような溜息を吐いたのは、超能力少女の小泉亮――公認クエスター名、白皓姫――である。
彼女は名門・聖ヴァレンタイン学問所の制服の上から、白地のだんだら模様が鮮やかな羽織を無造作に羽織っている。その立ち姿は凛としていながらも、現代的な少女の気怠さを醸し出していた。彼女にとって、この戦車は「効率的な破壊兵器」以上の感想を抱かせるものではなかったが、セナの燥ぎようには毒気を抜かれた様子だった。
少し離れた場所には、腰に古風な大刀を佩きながらも、知性を湛えた賢者のような雰囲気を纏う青年、アルカナが静かに佇んでいる。彼の深いガウンの裾をぎゅっと掴み、怯えたように背後に隠れているのは、僧衣に身を包んだ幼い少年、ノエル・アレナディオだ。
「……怖い、ですか? アルカナさん。あのおもちゃ、すごく嫌な音がします」
ノエルの小さな震えに、アルカナは優しく目を細めた。
「そうだね、ノエル。あれは『心』を持たないがゆえに、命の重さを計算に入れない。君が感じる恐怖は、正しいものだよ」
アルカナの視線は、戦車のハッチ付近にあるマナ・リアクターの排気口に向けられていた。そこから漏れ出す魔力の残滓は、彼のような鋭敏な者には、大気を焦がすノイズのように感じられたのだ。
昼食の時間は、嵐の前の静けさだった。
帝国側が用意した簡素なレーションを口にしながらも、四人の間にはそれぞれの緊張感が漂う。
「さあて、午後はあのデカブツを相手に鬼ごっこってわけだ」
セナが最後の一口を飲み込み、不敵に笑う。
「鬼ごっこで済めばいいけど。あれ、本気で私たちを『標的』として認識してるわよ」
亮は遠くの丘陵部に並ぶ、三両のイエーガーIV型を睨み据えた。無人機特有の、感情を排したレンズ状のセンサーが、こちらを値踏みするように動いているのが見えた。
演習の舞台は、起伏の激しい丘陵地帯。
遮蔽物は多いが、105mm砲の射程と破壊力を考えれば、一瞬の判断ミスが致命傷となる。
「ノエル、私の後ろを離れないように。君の祈りが、僕たちの盾になる」
アルカナの言葉に、ノエルは小さく、だが力強く頷き、公認クエスターとしての自覚を胸に聖印を握りしめた。
太陽が天頂を過ぎ、影が伸び始める。
ロシナン実験中隊の指揮官が、無情な演習開始の合図を告げるブザーを鳴らした。
地響きが始まった。
キャタピラが大地を噛み、カバラ・リアクターが青白い火花を散らす。三両のイエーガーIV型が、まるで一つの意志を持った獣のように、扇状に展開しながらクエスターたちへと牙を剥いた。
鉄と魔法、そして少年少女たちの意地が激突する、模擬戦の火蓋が切られた。




