その頃
積層都市バルトロマイの喧騒を離れた一角に、白亜の尖塔を頂く「聖ヴァレンタイン学問所」はある。ここは選ばれた者だけが門をくぐることを許される教育機関だ。
石畳の回廊を、二人の少年少女が歩いていた。
「……ねえセナ、この制服、やっぱり少し肩が凝る気がする」
小泉亮は、学問所の支給品である上質なネイビーのブレザーとショートパンツを気にしながら、隣を歩くセナに視線を送った。11歳の彼女にとって、機能性よりも格式を重んじた伝統的な制服は、少しばかり窮屈に感じられるようだ。
「我慢しろよマコト。俺たちの学費は全部『公認クエスター』の予算から出てるんだ。この格好は、いわば都市への信頼の証みたいなもんだからな」
12歳のセナ・ジークフリートは、マコトより少しだけ高い位置から、兄のような口調で答えた。彼は幼いながらも、自分たちが置かれた「公認クエスター」という立場の重さを理解していた。
剣術演習と理論講義
学問所でのカリキュラムは過酷だ。午前中は古代文字の講義、午後は実践的な格闘演習が組まれている。
演習場では、セナがその非凡な才能を見せていた。木剣を構えるその姿には、既に戦士としての風格が漂っている。
「セナ君、また記録更新だって」
「流石はメイナード組の期待の星だね」
周囲の生徒たちの羨望の眼差しを、セナはあえて無視するように、鋭く木剣を振り抜いた。彼の視線の先にあるのは、同級生との比較ではなく、いつか並び立つべきアルカナたちの背中だった。
一方、マコトは資料室の片隅で、古い地図や文献と向き合っていた。
「アレナディオの洞窟は、周囲と比較して急激に魔力効率が上がっている……。だったら、このルートを通れば、アルカナさんたちも楽に行けたはず……」
11歳の瑞々しい知性は、大人たちが気づかないような細かな違和感を見つけ出す。彼女にとっての戦場は、剣の届く範囲だけではない。知識という武器で、仲間を支えたいという静かな情熱が、その瞳には宿っていた。
放課後、照明が学問所の回廊を長く引き延ばす頃。
校門へと向かう道すがら、マコトは足を止めてセナに語りかけた。
「セナ、帰りに約束したスイーツ、忘れてないよね?」
「わかってるって。駅前の『蒸気糖蜜堂』だろ? お前、あそこのマドレーヌには目がないもんな」
セナが少し呆れたように笑うと、マコトは「だって、頭を使うと甘いものが必要なんだもん」と頬を膨らませた。
二人の姿は、どこからどう見ても仲の良い幼馴染のようだった。だが、その腰に下げられたクエスターの証である認識票が、彼らがただの子供ではないことを示している。
「さあ、行こう。クリスさんが事務所でイライラして待ってるかもしれないからな」
セナが歩き出し、マコトがその後を追う。
積層都市の闇と権謀術数が渦巻く「外の世界」に戻る前の、それは束の間の、しかし確かな平穏な時間だった。




