硝煙への招待状
白黒のカバラ管がパチパチと音を立て、ノイズの向こう側に幻影を映し出す。そこには、星影丸、白皓姫、そしてアルカナとノエルの四人が、死地を駆け抜け、アレナディオの謎に挑む勇姿が刻まれていた。
本来であれば、この映像は積層都市バルトロマイの巨大なスクリーンを彩り、人々に明日への希望を与えるはずだった。映画館には長蛇の列ができ、四人の英雄的活躍は、都市の伝説としてリピート上映され続ける――。
ということは無かった。
現実は冷酷だった。アレナディオを巡る冒険の記録は、公開初日を待たずして闇に葬り去られたのである。
「……納得いきません。ごめんね、非力なプロデューサーで」
不満を隠そうともせず、吐き捨てるように言ったのはクリス・メイナードだ。彼女の手元には、当局から突きつけられた「公開不許可」の冷徹な通知書が置かれている。公認クエスターを管理統制する「公認クエスター管理局」にとって、真実は時として統治の邪魔になる。
しかし、彼女の瞳の奥にはまだ火が灯っていた。落胆の色を見せつつも、その指先は既に次なる企画の構想を練り、書類の余白にペンを走らせている。クリス・メイナードは、一度の挫折で膝を折るような女ではなかった。
今、このパーティは転換期にいた。アルカナは、保護対象に近い立場だったノエルの身柄を正式な「公認クエスター」へと昇格させるべく、都市枢機卿との直談判に挑んでいる。積層都市の上層、権力の心臓部へと赴く彼女の背中には、並々ならぬ決意が宿っていた。
一方、事務所の扉が開く。
「じゃあ、学校行ってくるから。留守よろしくな」
セナ・ジークフリートが、小泉亮の肩を軽く叩いた。公認クエスターという特権階級に与えられる、無償の高度教育。それを享受すべく、二人は「聖ヴァレンタイン学問所」へと向かう。
「行ってきます、クリスさん。帰りには、何か美味しいスイーツでも買ってくるから」
マコトが少し照れくさそうに微笑み、セナと共に街の雑踏へと消えていく。
四人の公認クエスターを擁する予定の「メイナード組」。かつてない戦力を揃えつつあるこの組織に、しばしの、凪のような沈黙が訪れた。午後の陽光が埃を照らし、カバラ管の熱が冷めていく。
その静寂を破ったのは、規則正しく、それでいて重々しい扉を叩く音だった。
コン、コン。……コン。
「開いてるわよ」
クリスが顔を上げずに応える。
「先日の、放映の件で伺いました」
「……入りなさいよ」
溜息混じりの許可と共に、重い扉がギィと音を立てて開いた。
入ってきたのは、一言で言えば「丸い」男だった。
緩みきった面立ちを、分厚い眼鏡の奥に隠し、髪は一分の隙もなく七三に分けられている。着ているのは仕立ての良さが一目でわかる上質な帝国軍服だが、その肥満した体躯にはおよそ似つかわしくない。まるで無理やり詰め込まれたような違和感を放っているが、襟元に輝く少佐の階級章だけは、この男の持つ権力を雄弁に物語っていた。
男は帽子を取り、大仰なほど深々と頭を下げる。
「突然の訪問、失礼いたします。私は銀十字軍に所属しております、ヨハン・ファウスト少佐と申します。先日の映像公開差し止めの件につきまして、まずは不本意ながらも謝罪に参りました」
クリスは鋭い視線を向けた。
「謝罪? 管理局の決定を覆してくれるわけでもないのに?」
「ははは、手厳しい。ですがメイナード殿、今回の件は管理局の独断ではないのです。すべては、先帝の勅令666号に基づいた措置。……決して、貴女の愛国心やプロデューサーとしての能力の欠如が理由ではないこと、それだけは重々お知りおきいただきたい」
「皇帝勅令666号……」
クリスは記憶の糸をたぐる。
「確か、遺物を探索する『天使の任』を妨げるなかれ、という項目だったかしら」
「流石はメイナード殿、よくご存知で。我ら帝国軍にとって、天使様は不可侵の象徴。あの映像には、彼らの聖域に触れる危うさがあったのです」
ファウスト少佐は、脂ぎった顔に卑屈な笑みを浮かべながら、内ポケットから一通の封筒を取り出した。それは軍の事務的な書簡とは一線を画す、透かしの入った美麗な装飾封筒だった。
「つきましては……埋め合わせと言っては何ですが。もしよろしければ、貴殿が抱える『天使さま』に、我が帝国軍の演習をご拝謁いただければ幸いかと」
差し出された封筒。その重みは、単なる招待状以上の不穏な予感を孕んでいた。
「これは、軍からの招待……それとも命令かしら?」
クリスの問いに、ファウスト少佐は眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせ、ただ深く、静かに微笑むだけだった。




