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ローファンタジーショートショート

ヒーロー過剰供給社会

『--に怪獣が現れました。市民の皆様は急いで避難してください。付近にいるヒーローは急いで現場へと向かってください。繰り返します……』


 スーパーのタイムセールが始まるのをいまかいまかと待ち構えていた私は、突如として店内に響き渡ったその市内放送に思わず舌打ちをする。


 私のほかにタイムセールを待っていた人たちは一瞬警戒したような表情になったが、しかし現場がこのスーパーから多少離れていることもありすぐに興味を失ったのかタイムセールの卵が陳列されていくのに視線を戻した。


 時間を確認すると16時58分。私は思わず天を仰いで呟いた。


「あと10分待ってくれても良いのに……」


 しかし仕事は仕事である。現場にすら向かわないとせっかく取得した免許を取り消されてしまうかもしれないのだ。


 買い物カゴを置き場へと戻し、人にぶつからないように気を付けながら私は足早にスーパーを出る。ちょうどその時タイムセールが始まったのか、後ろではわずかな喧騒が起こっていた。


 後ろ髪を引かれる思いで私は走り出す。これを逃すと週に使える卵の量が半分になってしまうというのに。


 走りながら変身を終えた私が現場に到着すると、そこにはすでに何人もの変身ヒーローたちが集まり和やかに談笑していた。

 その内の一人、私と大学が一緒だった先輩ヒーローが走って来た私を見てやあと声をかけてくる。


「遅かったね、陽彩(ひいろ)ちゃん。もう終わっちゃったよ」

「……そうみたいですねー……」


 私はがっくりと肩を落とす。卵を諦めて急いで駆け付けたというのに、私に残された仕事はなにもなかった。これでは怪獣退治の報酬がもらえない。


 私は再び時間を確認する。17時07分。いまから全速力でスーパーに戻ってもタイムセールの卵などもう影も形も残っていないだろう。


 肩を落としたままの私に先輩は、これから夕食でも食べようと思ってるんだけど一緒にどう? と声をかけてきた。しかし私は金欠を理由にそれを辞退する。


「別に奢るのに」

「いや、先輩にそこまで迷惑はかけられないんで……」


 とぼとぼとスーパーへの道を引き返しながら私は考える。せっかく大学で変身ヒーローの免許を得たのだからそれを生かさないのは宝の持ち腐れである、そう思っていままでヒーロー業を続けてきたが、そろそろ私には合っていないことを認めなければいけないかもしれない。


「転職、しようかなあ」



 スーパーで商品入れ替えで半額になっていたカップ麺をいくつか買ってから私の住んでいる安アパートに戻ってくると、そこには見慣れない黒スーツに身を包んだ男性が立っていた。


 彼は私を見ると丁寧に頭を下げ、そして陽彩さんでしょうか? と声をかけてきた。


 一人暮らしの女性の住む部屋の前で、その女性の帰りを待っている黒スーツを着た初老の男性。怪しさから思わず変身アイテムに手を伸ばした私に、その男性は慌てた様子で名刺を差し出してくる。


「ヒーロー支援課?」


 名刺を受け取った私はそこに書かれている文字を読み上げて首を傾げる。


 ヒーロー支援課は当然ながら知っている。その名前の通りヒーローを支援してくれる都だったか市だったかの部署の一つである。


 怪獣を退治したヒーローに報酬を払ったり……。……そういえばほかになんの仕事してるのだろうか?


 とにかく私はこの男性を家にあげた。怪しい人物ではなさそうだ。


「率直に言いますけど、陽彩さんはヒーローを辞めようと思っているのでは? 今日も無報酬だったのでしょう?」


 麦茶を冷蔵庫から出してコップに注いでる私に支援課の職員はそう言ってきた。前置き通りあまりにも率直すぎるその言葉に私は思わず笑ってしまう。


「はい。今日はタイムセールの卵も取り損ねるし報酬もないしで散々ですよ」


 そう言って肩をすくめる。


「たぶん私には向いてないんでしょうね」


 せっかく取った変身免許はもったいないけど、向いていないのだからしょうがない、転職を考えています。そんなことを言った私に支援課の職員はそれならば、と言ってきた。


「私たちと共に働きませんか? 変身免許も無駄にはなりません」


 どういうことだろうと私は首を傾げる。すると支援課の職員はどういうことかを説明し始めた。




『--に怪獣が現れました。市民の皆様は急いで避難してください。付近にいるヒーローは急いで現場へと向かってください。繰り返します……』


 すでに現場に着いていた私は腕をブンブンと振り回しながらぼんやりとこの放送を聞いていた。昔はこの放送を聞いてから動いていたから間に合わなかったけど、いまは現場に一番乗りである。なにしろ放送前に現場にいるのだから。


 あ、子どもたち危ないからこっちに来ないでねー。結構かっこいい見た目だから近づきたいのは分かるけど本当に危ないよー。


 私はそんな警告を込めて近づいてきた子どものすぐそばにツルのような腕を叩きつける。怯えた子どもに泣かれるのは心が痛むけど、これも仕事なので仕方ない。


「そこまでだ!」


 そうこうしている内にいつものようにヒーローたちがやって来る。それにしても先輩本当に早いな。毎回ほぼ一番乗りじゃない?


 そんなことを考えながら私はヒーローたちと戦う。そうしていつも通りに負けると、ヒーロー支援課の職員による治療を受けることになるのだろう。


 そろそろ良いか、と私は怪獣用変身スーツの自爆スイッチを入れる。完璧に計算された火薬がスーツを吹き飛ばし、同時に大量の煙が私の姿を覆い隠す。

 ヒーローたちが勝利の声をあげている間に私はコソコソと現場を離れた。


「お疲れ様でーす」


 現場を離れた私に支援課の職員が近付いてくる。

 大きな怪我をしていないかのチェックが行われている間に、今日は給料日ですねと話しかけてきた。

 そういえばそうだった。しかも私にとっては転職後最初の給料日である。

 私は携帯電話で残高を確認する。


「え、こんなに?」


 私は目を丸くする。思っていたよりもずっと多く振り込まれていたのだ。

 口止め料込みですよ、と職員は私にそう教えてくれた。なるほど。

 お世話になりっぱなしだったし、先輩にランチでも奢ろうかな、と思い立った私はメールを送る。


 いや、それにしても怪獣の正体が職にあぶれた変身ヒーローだったなんてね。

 通りで毎日毎日飽きもせずに怪獣たちが現れるわけだ。

 世界が平和になって、ヒーローたちが全員クビになるところに無理やり需要を生み出してたなんて。政府の人たちも大変だなあ。


 先輩からの返事に気を良くしながら、いつも通りの日常は過ぎていった。

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