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灰塵の王国記  作者: 道草やよい
序章
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変化02


「おかえり。お兄ちゃんにお客さんだよ」


 あれから急ぎ帰り、家の扉を開ければ直ぐにトエトが気付き声を掛けてきた。


 いつもの席に座り読んでいた本から顔をあげる。そうして一瞬目を合わせるとそのまま視線をずらし、自身の対面へ視線を投げた。


 ニルは「ただいま」と返しつつも視線を追うようにトエトの対面、テーブルの向こう側へと目線を向ける。そこには腕を組み壁に寄りかかる男がいた。


「よぉ。呼び出して悪いな」


 ニルの視線にタイミングを合わせるように男は壁から背を離すと軽い調子で声をかけてきた。ルイスから聞いていた頑固者というイメージとは異なりいかにも冒険者らしい砕けた様子であった。


 まぁ、一先ずの第一印象はさておき、随分待っただろうからこれ以上待たせるのも忍びないと思いニルが早速用件を尋ねれば、冒険者も待っていたかのようにゴソゴソと鞄を漁りながら話し出した。


「お待たせしたようですみません。俺に荷物があるとか」

「依頼主からの厳命でな。必ず本人に渡せとのお達しだ。ちなみにお前がニルであってるか?」


 今更のような、厳命という割にゆるい確認に首肯すれば、冒険者は数秒もしないうちに両手におさまりきる程度の小さな箱を鞄から取り出しテーブルの上に置いた。


 至ってシンプルな木でできた小箱で、開かないように箱の蓋が紐で括り付けられている。


「アラン様っていうお貴族様からの荷物だ」


 荷物は想像通り先日会ったアランという青年からのもののようだった。


 ということは目の前の冒険者はオラシムの洞窟を一人で抜けてきたことになる。それなりに腕が立つのだろうことは自然とうかがえた。洋服が草臥れた様子もないため、少なくとも洞窟に棲む魔物との戦闘で苦戦しない程度には強いのだろう。


 どちらにせよオラシムの洞窟を通ったのであれば、そろそろ魔物活性化(マラグルース)が始まる頃でもあるので、後で道中の魔物の様子を聞いてみようとニルは思った。



「あなたはそのアラン様って人のことは知っているの?」


 ニルがそんなことを思いながらテーブルに置かれた箱を手に取り紐を解き始めると、本に目を落としていたトエトが再び顔を上げ冒険者に尋ねた。


 トエトはあの日ドラゴンを助けたという話をしてからやけにアランという人物を気にしている節があった。貴族の文化は厄介なので変なことに巻き込まれていないかと気を揉んでいるらしい。


「いや、知らないな」

「依頼書にフルネームは書かれてなかったの?」


 トエトの質問に冒険者は紙を引っ張り出し目を通していたが、やがて首を振る。どうやら依頼書らしいその紙にも名前は書かれていないようだった。


 冒険者はもう確認は終えたとばかりに依頼書をすぐに鞄に仕舞い込むと腕を組み再び壁に背を預けた状態になりながら答えた。


「書かれてねーな。まぁ、貴族が名前を伏せて依頼を出すなんて珍しいことでもないしな」


 ニルはトエトと冒険者の会話を聞きながら箱の紐を外し終えると、箱の蓋をそっと開けた。中に入っていたのは以前譲ったものと同じ薬、祈星粉(ステラリア)と十数枚の貨幣だった。


 薬は分かるとして、貨幣までは貰いすぎではないかと一瞬思ったニルだが、家の補強や村で捻出している買い出し費用も抑えられると考え直し、ありがたく受け取ることにした。


「よし、受け取ったな。それじゃぁ、俺はこれで失礼する」


 冒険者はニルが箱の中身を確認したところで任務は完了と判断したのか、仕事は終わったとばかりに欠伸を一つ溢しながら上体を起こすと扉に向かいはじめる。


 ニルは冒険者が迫ってくるので反射的に横に逸れ道を開けるも、洞窟の様子を聞くために慌てて引き止めた。


「あの!オラシムの洞窟を通って来たと思いますが、魔物の様子はどうでしたか?」

「魔物?あぁ、そうだな・・・」


 ニルがそう問いかけると、冒険者は家の扉を開けた所で立ち止まり半分振り返るような形でニルに視線を向けた。


「確かに、少し活発になってきたような気もするな。そろそろ始まるんじゃねーか。だから俺も急いで帰りてぇんだわ」


 一瞬思い出すように視線を上へと向けた後、冒険者はそれだけ言うと今度こそ外へと出ていった。


 もう少し詳しく聞きたいと思ったニルは追うように扉を開け外に出るも、冒険者はそんなに急いでいるのか、丁度魔法をかけて走り出す所だった。ふわりと冒険者の周りの風が巻き上がる。


 その様子を見てニルは洞窟の話よりもまず先に済ますべき用事があったとことを思い出した。


「あの、受け取りのサインは!」

「テキトーにこっちで書いとく」


 大きな声を出して引き止めるように叫ぶも、既に冒険者は遠くまで進んでおり冒険者からの返事は微かに聞き取れるかどうか、というぐらい小さくなっていた。


 結局のところ、洞窟の様子を詳しく聞けずに終わったニルは、颯爽と走り去る冒険者の後ろ姿を眺めながら、畑の仕事が終わったら洞窟の近くの森まで足を運んでみようと思うのだった。


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