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灰塵の王国記  作者: 道草やよい
序章
8/26

変化01

 アランたちとの出会いから数日が経ったある日のこと。特別何かが起こることはなく、カーグ村はいつもと変わらない。

 

 老人たちは村長コルトの自宅に集まり内職を、動けるものは畑や狩の毎日を送っていた。



 あの日ニルが村に戻ると、村人たちは予想通りコルトの家に集まっていた。たった十数人、正確には十三人ほどの人数がコルトの家の前の、申し訳程度の小さな空き地に身を寄せていた。


 ドラゴンが墜落した場所は村からはそれなりに離れていたが、誰かが村の頭上を通り過ぎるドラゴンの姿を見たのだろう。もしくはドラゴンの鳴き声を聞いたか、ドラゴンが墜落した時の地響きが伝わったのか。


 とかく森で生きる上で”いつもと違う”ということはそれだけで警戒すべきことであった。ましては昨年村人を亡くしたばかりであり、魔物活性化マラグルースが近い今は余計敏感であって然るべきだ。


 故にニルは村人たちがきっとコルトの家の前に集まっているであろうと想定していた。


 そうして予想通り集まっていた村人たちに事の顛末を告げることで村人たちの小さな騒動は幕を閉じた。



 もっとも、「人騒がせな!」と杖を振り回すコルトと「お人好しなんだから!」と詰め寄るトエト、二人の相手を一手に引き受けたニルにとって、その日は長い夜だったということだけ記しておく。




 さて、そんな騒ぎから数日。山頂の雪も少しずつ溶け始め、もうそろそろ完全な雪解けの時期を迎えようというそんな時期、なんでもない日常を送っていたニルの元に客人がやってきた。


 ニルはたまたま畑に出ており、雪の下で育った野菜の様子を見ていた時だった。遠くからニルの名前を呼びながら駆け寄ってくる一人の影を見つけてニルは屈んでいた体を起こしその方向を見た。


「おーい!ニル!」


 見るとそれは村の中で数少ない若者であるうちの最後の一人、ルイスだった。何か急ぎの用でもあるのか、駆け足でやってきたルイスはニルの傍までくると、膝に手をつき荒く息を吐く。


 若者といえど定義はこの村の中での若者、である。彼は世帯を持ち、彼の子は十分な若者へと育ち出稼ぎのため街を出ている。そんな立派な男でもこの村では若者の定義に含まれていた。


 それに倣っているわけではないが、ニルもルイスのことは兄と慕っている。カーグ村はニルにとって家族のように近しい存在だった。


 ニルはルイスの息が整うのを待ってから近場の切り株に置いていた水筒を差し出し声をかけた。


「ルイス兄、そんなに焦ってどうしたんだ?」


 ルイスはニルから受け取った水筒の中身を勢いよく飲むと、ニルへと向き直りここへ来た要件を伝えた。


「ニルに客だ。今トエトが対応してる」

「客?」


 ニルは首を傾げた。客を呼んだ覚えはないが、わざわざこんな辺鄙なところまで尋ねにくるような知人などいただろうか。


 買い出しで村を出ることが多いニルであるが、そういった関連で村に来た人物は総じてコルトの客なので自分を尋ねてくることはない。ニルは客に心当たりがなくとんと首を傾げた。


 そんな様子を見ながら、ルイスは年々息切れがしやすくなった体を切り株に預けると、ニルの元にやって来た客人たちについて話し始める。


「なんでも冒険者らしい。依頼で荷物を届けに来たって言ってたぞ」

「冒険者?」

「悪い奴じゃなさそうだが頑固者でなぁ。必ず本人に渡すよう依頼主に頼まれているらしい」


 だからこうして俺がニルを呼びにきたって寸法だ。そういってルイスはさらに一口水を口に含んだ。


 ニルはそれを聞いてますます首を傾げた。荷物と聞いて、もしかしたらこの間助けたドラゴンのお礼だろうかと思った。


 しかしニルの記憶が正しければ彼らはオラシムへ向かうと言っていた。オラシムは確かに隣に位置する街ではあるが、道のりの途中には洞窟がありそれなりに凶暴なモンスターが生息している。


 オラシムに着きすぐに冒険者に依頼を出したとしてもその洞窟を抜けるにはもう少し時間がかかりそうなものだ。ましてはルイスの話ぶりからしてもパーティーでやってきたわけではなさそうなので、であればもう少し時間がかかるはずだというのがニルの推測だった。


 首を捻るニルを他所に、少し休んで落ち着いたルイスは膝を叩いて立ち上がった。村の若者枠の名に恥じぬ程度にはまだまだ現役でいられる快復力だった。


 村の各家々との間の距離は遠く、この畑は更に遠い。魔法も無く長距離を全力で駆けても直ぐに呼吸を整えてしまうルイスは、実は村一番の体力の持ち主だとニルは知っていた。


「よっしゃ。そうしたらニル、お前は今からトエトの所に行ってこい。畑は俺が見とくから」

「え、でも」


 指名された以上は家に向かわなければいけないだろうが、ニルの仕事をルイスにやらせるのは気が引けた。


 しかしルイスは気にした様子もなく厚手の長袖の袖をぐいと持ち上げると畑へと向かい始めた。


「どうせ午後には畑の手伝いにくる予定だったんだ。気にしてくれるなら俺の腰が悲鳴を上げる前に戻ってきてくれればいいさ」


 ルイスはそう言うとニルに背を向け畑の世話を始めた。ニルはその様子を少しみてから、「ありごとう、直ぐに戻る」そう告げると家に向かって駆け出した。


俊足付与(セルヴィスト)


 ドラゴンを見つけ森を駆けた時と同じく自身に魔法をかける。途端色んな物が過ぎ去っていく視界の中でその冒険者が届けにきたという荷物の差出人は誰だろうと考えながらニルは足を進めるのだった。


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