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灰塵の王国記  作者: 道草やよい
序章
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出会い07

 ニルと青年は男がドラゴンに薬をあげる姿を見ていた。初めは手伝った方が良いかとも考えたが、男は相変わらず警戒しているようだったので下手に動かない方がいいだろうと思った。


 なにより男がドラゴンの元へ行く時にちらと上空を見上げ分かりやすく合図を送っていたのをニルは見ていた。それは男からの警戒は解いていないという無言の圧力に思えてならなかった。



「ところで、自己紹介がまだだったね」


 軍人という仕事柄警戒心が高いのだろうと思いながら男を眺めていたところ、隣にいた青年が再度ニルの方に体を向けて話しかけてきた。


「私はアラン。訳あって家名は伏せさせ欲しい」

「ニル。カーグ村のニル・ヴェルです」


 青年───アランが和かな笑顔を向けて手を差し出してきたので、ニルはいくら薬を譲ったからといって一般市民に握手を求めるなんて随分と気安い貴族だと思いながらも、何となくそのまま手を握り返すのは気後れして、申し訳程度にズボンにごしごしと手を擦りつけてから握手に応じた。


「ニル、改めてお礼を言わせて欲しい。ありがとう」


 ニルは交わされた手に思ったよりも剣ダコが多い事に驚いた。


 貴族とはいえドラゴンを乗りこなす程なのだ。ある程度は鍛えているのだろうと予想していたが、手の感触が思ったよりも自分や街の冒険者たちとさして変わらぬ事実に少し驚きを覚えた。

 

「でも祈星砂(ステラリア)なんて高価なもの、使う予定があって持っていたんだろ。悪いことをしたね」

「いや、まだ予備が家にあるので大丈夫です」

「ご家族が病気なのかい?」


 ニルはアランと会話しながらも、貴族の握手とはこうも長いのかと思いながらもアランが一向に手を離す気配がないので握られたまま会話を続ける。


「まぁ、そんなとこです」

「そうか。早くご家族が快方に向かうといいね」


 アランはニルの答えに数秒黙ると、ニコリと笑いそれからようやく握手の手を離した。

 

 恐らく騎士であろう男よりも親しみがもてる貴族は珍しいと思いながらも、それでもやはり貴族特有の空気にドギマギしていたニルは手が離れたことに内心安堵した。





「アラン様、終わりました」


 そんな話をしていると男が戻ってきた。ドラゴンは先ほどと同じく倒れた木々の上に横たわったままで回復しているようには見えない。


 当初の暴れるほどの苦痛からは逃れられたようだが、やはりあの程度の量では痛みを誤魔化す程度にしかならなかったのだろうとニルは思った。


「フィリスの様子はどうだい」

「オラシムまでは持つでしょう。治療はそこで行いましょう」


 男はそこまでいうとドラゴンに向かって指笛を鳴らす。するとドラゴンはゆっくりとした動作で体を動かすと伏せの姿勢で静止した。人間を鞍に乗せるためのようであった。


 ニルはドラゴンが人の口笛で動く様子を間近で見た驚きながらも、何とか動ける程度には回復した様子を見てふっと知らぬ間にためていた息を吐いた。


「それじゃあニル。村の近くで騒いで申し訳なかったね。お礼はオラシムについたら必ず使者を送って届けよう」


 本当に助かったよ。フィリスを救ってくれてありがとう。

 アランはドラゴンが伏せの状態になったのを見ると、ニルに向かいお礼を告げるとドラゴンの元へ歩いていった。


 終始穏やかに会話を続けていたが、やはり自分が乗っていただけあってかきっと相棒のようなものなのだろう。ドラゴンに足早に近づき一頻りドラゴンの頭を撫でている様子にニルは一先ずといえど救えて良かったと思った。



「ニル殿」


 アランが足早にドラゴンの元へ向かい頭を撫でているのを確認した男は、少しの猶予があることを確認するとニルに向き直り声をかけた。


 男はようやく警戒を解いたようで構えの姿勢もなく真っ直ぐに立っていたためか、ニルは改めて男の体躯の良さに少し見上げるようにして男の方を向いた。鋭かった男の眼光も幾分和らいでみえる。


「今回は貴重な薬を分けてもらい感謝する。私はラグナディウス・ヴァレンドールという」

「ニル・ヴェルといいます。お役に立てたなら良かったです」


 ラグと呼ばれていた男はラグナディウスという名前らしい。ラグナディウスは騎士らしく折目正しくお辞儀をしたので、ニルはなんとなくそれよりも少しだけ深めのお辞儀を返した。


「今は急ぎ故手短に失礼するが、この礼は必ず返そう」


 ラグナディウスはそれだけを言うと、ニルの返事を待たずにアランとドラゴンの元へと駆け寄るとあっという間にドラゴンへと二人は騎乗してしまった。


 確かにドラゴンの病態も良くない。このままオラシムの街まで行くらしいので、確かに今からではドラゴンに乗っていたとしても数時間はかかるだろう。


 もうすぐ日没だ。木々の合間から燃えるように赤々と刺していた日はもう沈みかけている。



 ブワッ───


 本日一番の濃密な時間をすごしたわりには日が沈んでいないと思いながら空を見上げていたニルは、激しく巻き起こった風に視界を取られながらも風の発生源を見た。小型といえど力強いドラゴンの羽ばたきに目を細めた。


 ちょうどアランとヴァレンドールを乗せたドラゴンが翼をはためかせ飛び上がったようだ。ヴァレンドールに操縦を任せたのか手ぶらなアランがニルに向かって軽く手を上げたので、ニルはお辞儀をした。


 そうして再び頭を上げ空を見上げた時には上空に待機していたドラゴンに合流しアランたちはオラシムの街へと旅立って行った。




 これが彼らとニルの、日が暮れ切らない、たった数分間に起こった出会いの顛末だった。


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