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灰塵の王国記  作者: 道草やよい
序章
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出会い06

 ニルはこんな時なんて言えば良いのか分からなかった。弟のトエトであればきっと貴族に対しても卒なく話を通すのかもしれないが、ニルにそんな技量はなく、咄嗟に出てきたのはあそこが畑であるという事実を知らせる言葉だった。


 男はスッと目を細めてニルを見つめた。突然木から飛び降りて話しかけてくる奴の話を信用しろという方が難しいだろう。当然の警戒にニルは納得と同時にこれからどうしようかと、困り果てた。



 けれども心配は杞憂に終わる。


 男の後ろにいた青年、アラン様と呼ばれていた人物が男の前へと出てニルに声をかけてきた。



「村の畑、というのはカーガ村の?」

「え?あ、いえ。カーガの隣村、カーグ村の畑です」


 男の警戒に削ぐわないほどに穏やかな雰囲気で声をかけられたからか、青年の見目があまりにも貴族然としていて惚けてしまったからか。

 ニルは咄嗟に返答が出来ず聞き返しそうになるも、カーガという単語が聞こえたことで質問の意図を理解した。


 名前が似ているが故の勘違いは街に出た際も良く起きる事だったので、基本的には初手で村の名前を言い直すのが決まり文句のようになっていた。


「失礼。ここら辺の地理には明るくなくて。」

「いえ。よく間違われるので気にしないでください」


 村長のコルトの「名前が似過ぎて行商に忘れられた」という言い分が正しいとは思わないが、確かに混同しやすい名前であることは確かだった。


「しかし困ったな。フィリス───ドラゴンの様子がおかしいんだ。どこかで休めると良いんだけど」


 青年はニルの返答に少しの間考えた後、難しい表情でドラゴンの方へ顔を向けた。強靭な肉体を持っているが故か、気絶することもなく未だに苦しそうにもがく姿が痛ましい。


 畑が台無しになるのは避けたいが同時に目の前のドラゴンも可哀想に思え、ニルはどうにか出来ないかと考え込んだ。そうして一つの案が思い浮かぶ。




「あの、これ。効くかわからないですが、良かったら」


 ニルは咄嗟に魔法鞄(マジックバック)から小袋を取り出した。中には薬包紙に包まれた弟トエトの薬が入っている。


 予備にと買った薬で、家にまだいくつか備蓄はある。街で買ったものを家に置き忘れてそのまま持って出てきてしまっていたことをニルは思い出し、その薬が使えるのではないかと思ったのだ。

 差し出された袋を見つめ青年が尋ねる。


「それは?」

「教会の薬です。体内の悪い物を浄化してくれる薬と聞いてます」


 何が原因かわからないがこれならもしかして。ニルの中にはそう考えるだけの憶測があった。トエトの病は原因不明だ。そんな時に教会に万病に効く薬として渡されたのがこの薬だった。


 そうしてそれは(たが)うことなくトエトの病に効いているのだから、きっとそのドラゴンにも効果があるのではないか。何もしないよりは試してみる価値はあると思ったのだ。


 とはいえ平民に買える薬の量などたかが知れている。ドラゴンなんていう大きく強靭な肉体の生物に少量の薬で足りるのかは疑問の余地が残るが。



「教会の・・・祈星砂(ステラリア)か。確かめても?」


 ニルはもちろん問題ないと頷き薬の入った袋を差し出した。


 しかしそれを受け取ろうとした時、青年が喋り始めてから静かに控えていた男が再び声を出しそれを止めた。


「アラン様」


 どこか咎めるように発せられた声に、青年は男の方に顔を向け、そうして肩を竦めると一歩身を引いた。どうやら青年の代わりに男がニルから袋を受け取るらしい。


 未だに警戒されているのだろうか。男はニルから袋を受け取ると注意深く検分した。

 男は袋から十包程ある薬包紙の中から一つ取り出し包みを開くと、包まれていたその粉に手を翳した。粉はキラキラと光を放ち始め、星が砂になったかのように煌めき出した。



 ニルはその光景を知っていた。


 トエトがいつも薬を飲む前に手を翳し薬が光るのを確認してから飲んでいたのだ。不思議に思ったニルが尋ねたところ、この薬は貴重なため偽物が出回ることがあるらしい。そのため魔力に反応する性質を利用して手のひらから魔力を流し確認するのだとか。


 当時のニルはその薬が本物かどうかよりもトエトの知識の豊富さに度肝を抜き、どこでそんなことを勉強したのかと尋ねた記憶の方が鮮明に残っていた。

 

 結論、薬の件に関しては父と母が残した多くの書物の中に記載があったらしいと知ったニルは、それは自分が知らないはずだと、その場で納得したのを覚えている。


 本を読む事に抵抗はないが、本を読むよりもトエトに物事を教わった方が速いし理解がしやすく効率が良いので、狩や畑仕事に時間を充てられるのだ。



「うん、本物のようだね。よければ全て買い取らせてもらっても?」

「もちろんです」


 男が薬を調べ終わったと同時に青年がニルに尋ねる。ニルは迷わずに頷いた。だんだんと抵抗の力が弱まっている。浅い呼吸に合わせて胸部辺りが上下しているのは分かるが、先ほどと比べるとかなり弱ってきているようだった。


「ラグ。お願いしても良いかい?」

「承知しました」


 青年はニルの返答を聞くと薬を手に持っていた男に指示を出した。男は返答と共に素早くドラゴンの側へと向かうと、薬をドラゴンに与え始めた。


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