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灰塵の王国記  作者: 道草やよい
序章
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出会い02

「じいちゃん、ただいま。買い出し行って来たよ」


 家を逃げる様にして飛び出したニルは、手始めに歩いて数分はかかる隣の家に顔を出した。そこは村のまとめ役、謂わば村長となる人物の家であるが、ニルは特に気負った様子も無く無遠慮に村長の家の扉を開けた。


 こんな山奥に訪ねてくる余所者などそうおらず、また鍵をかけた扉を開けるほどに賢い魔物、ないしは鍵など関係なく力技で破壊する魔物が現れたならばそれはそもそも自分たちでは太刀打ち出来ない魔物なのだから大人しく家の裏口から逃げろ。というのが村長であるコルトの主張であり、つまるところそんなコルト村長の家に鍵がかかっていようはずもない。


「おーい、じいちゃーん」


 鍵がかかっていない事は村の人間であれば周知であり、村のたまり場のように何も無くても村人が集まってくる場所であるため、カーグの村人であれば誰もが遠慮なくその扉を開ける。もちろん、ニルも例外ではなかった。


「聞こえとる!少し待たんか」


 ニルは家に入ると奥の部屋に続く扉に向かって声をかけた。すると二度目の呼びかけが終わる前に奥の部屋にいたコルトが声を怒らせながら扉を開けて出てきた。老人と呼ばれる歳にも関わらず、しっかりとした足取りでニルの近くまで歩いてくるので、ニルの目にはコルトの杖は歩くためではなく振り回すためにある物ように映った。


「まぁまぁ。コルト、頭に血が昇ると破裂するよ」


 荷物のようにコルトに運ばれて一度も地面に着くことのなかった杖を見ていたニルは、聞こえてきたもう一人の声に反応して視線を上げる。


「ダンじいちゃんも来てたのか」

「おかえり、ニル。長旅で疲れたろう、先ずはゆっくり茶でもどうかね」


 視線を向ければ、コルトに続くようにして部屋から出て来たのは村民の一人、ダンだった。ダンは穏やかにニルに声をかけると、勝手知ったる様子でゆったりとキッチンへと足を向けていた。


「ただいま。じいちゃん達は座ってて、俺がやるよ」


 ニルは自分を通り越してキッチンへと向かおうとするダンを止めると、代わりにキッチンに立ち、ダンと同様に迷いなく茶葉の入った缶を手に取った。家主のコルトもそれを気にした様子もなく、すでに手近な椅子にドカリと腰を下ろしている。コルトの家の物の配置もまた、村人全員が把握していることだった。




「それで、行商は無事だったんか」


 慣れた手つきで湯を沸かし、お茶を作ったニルがカップを三つ、机に置いて席に着いたタイミングでコルトはニルに尋ねた。


 カーグ村よりもマシと言えど、カーガ村もそこそこに辺境の地に位置する。カーガまで行商に来てくれる存在は貴重だった。カーグ村の村長として、行商人の安否は気になるところだったのだろう。


「問題無かったよ。今回到着が遅れたのは、街で規制がかかってたのが原因みたいだ」

「規制?」

「規制とは、穏やかじゃありませんねぇ」


 ニルはお茶を一口飲むと、街で見聞きした内容を語った。曰く、街の付近の魔物が活発になってきているらしい。曰く、例年よりも魔物の活動時期が早いため何かの兆候ではと疑った街の領主が街への出入りを一時封鎖していたらしい。


「まぁ、でも、丁度俺が街に着く頃には規制は解けたから、本当に一時的な措置だったみたい」


 ニルはそこまで話すと机の上にお茶請けとして置かれていた魔耐草(マジックハーブ)で出来たクッキーを手に取り口に放った。相変わらずほろ苦い味が癖になる。ニルは続けて二枚目を口に放った。


 そんな横でコルトとダンは難しそうな顔をして何やら考え混んでいた。毎年冬の備えをするためにどうやりくりするかを考えている時のような顔だとニルは感じたが、その内容までは推測することが出来なかった。


「何をそんなに悩んでるんだ?」


 疑問に思ったニルがそう二人に問うと、コルトはダンに目配せをしてから、努めて明るい声音で返答した。


「いやなに、街でも規制が出るくらいじゃ。今年の魔物はちと手強いかもしれんと思うてのぉ」

「そうですねぇ。去年は一人、魔物活性化(マラグルース)で亡くなりましたし、今年は厳しいかもしれませんねぇ」


 コルトとダンはそう言うとそれぞれ黙ってまた考え込んでしまった。

 魔物活性化(マラグルース)。魔物が一時的に活性化する時期を指すが、カーグ村では特に野生生物が活発に動き出す雪解けの季節に魔物活性化が起こりやすかった。普段よりも村落にやってくる魔物が多くなるため、昨年は魔物によって村人が一人犠牲になっていた。

 たかが一人といえど、カーグ村は総勢十数名の極めて小さい小村落である。一人の犠牲、特に魔物と戦える力と若さを持った人物の死と言うのは、村にとって大きな損失であった。


 そんな忌避すべき魔物活性化が、今回はいつもより危険かも知れないと言うのだ。確かにそれは危惧すべきことだとニルは思った。


「帰り道の様子を見る限りは、まだ魔物活性化は起こってなさそうだったけど、念のため今日から巡回の回数を増やしておくよ」

「ニルばかりに任せてすまんのぉ」

「そんなの、気にしなくていいよ」


 村の若者はそう多くない。その中でもニルは比較的戦闘が得意な部類だった。生まれつきか人よりも夜目が効き、薄暗い森の中でも不自由なく活動できるニルの個性は重宝された。村の周囲を巡回し、村に近付く前に魔物を仕留める。それが村でのニルの重要な役割の一つだった。


「それじゃ、他にも届けなきゃ行けない荷物あるからそろそろ行くな。その後巡回に行くから、もしなんかあったらトエトに言付けといて」


 そうと決まればこの後直ぐにでも巡回に行こうとニルは思い立ち、最後にクッキーをもう一枚口に放り投げると、お茶を飲み干して立ち上がった。


「ニル、気をつけて行っておいで」

「ん、ダンじいちゃんも暗くならないうちに家に帰ってね。あ、ダンじいちゃんの荷物は玄関に置いておくから」


 ニルはコルトの家を出ると、残りの荷物を配達しに、また数分と先の隣家を目指すのだった。


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