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灰塵の王国記  作者: 道草やよい
序章
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出会い01

 慣れた獣道を歩く。山頂に近づくにつれて道はまばらに白く染まってゆき、雪解けの季節を思わせる。王都はもう春の陽気らしいが、山奥の田舎に春がやってくるのはもう少し先の頃になるだろう。


 ニル・ヴェルは陽に照らされてキラキラと光を反射する真っ白な雪に眩しさを覚えながら、目を細め雪に真新しい足跡が無いのを確認した。

 

 山頂はまだ春が遠いとはいえ、この頃には活発に動き出す魔物たちがいる事を知っているニルは、一先ずの安全を視認しながらゆっくりと歩を進める。



 あと数刻で昼時だろうか。このペースで進めば昼過ぎには村へと帰れるだろう。隣村に買い出しへ出て三日。本来なら当日には帰れる予定だったところ、急遽街まで行くことになり帰りが大分遅くなってしまった。


 隣村に定期的にやってくる行商人の来訪に合わせて山を越え村に訪れたニルであったが、何かトラブルがあったのか、何時もなら行商人がテントを広げて店を出しているはずが、まだ村に訪れてすらいないようだった。


 春も近づき活発になった魔物が道を塞いでいるのか、はたまた遂には隣村まで行商から見捨てられたのだろうか。ニルの暮らす村よりはましであるが、それでも連絡手段の乏しい村であることは変わらない。そんな村でいつ来るかも、何故遅れているかも分からない行商人をじっと待つよりは、行動を起こした方が速いだろうと判断したニルは、隣村を訪れる為に山越えを果たしたその足で近くの街へと足を向けた。



 そうして街での調達、ついでに隣村から頼まれた行商人の行方をあれこれと確認し終えたニルは、今こうしてようやく自分の村への帰り道を歩いていた。





 山道を歩いて暫く。山頂に辿り着き、休む間もなく今度は下り道を進むと直ぐにニルの住む村へと着いた。山を下り切る前に構えられた小さな村は、始まりは山を越える人たちの休息地だったのかと思うほどに山頂にほど良く近く、そうして何より小さかった。


 小村落と言うにも少なく感じる民家の数は、魔物の棲む森の中という環境を考えると、存外に適切な数にも思える。数件ほどの家々が距離を空けてぽつぽつと森に紛れるように佇む村、カーグの村こそがニルの住む村だった。



 ニルは村の片隅に建つ家の扉を開ける。少し建て付けの悪くなった扉をいつも通り押し込むようにして開けば、開けて直ぐのテーブルで作業をしていたニルの弟、トエトが扉の方を向いてニルに声をかけた。


「お兄ちゃん、おかえり。カーガの人がわざわざ知らせに来てくれたよ。街に行ったんだって?大変だったね」


 カーグの隣村、カーガ。

 あまりにも名前が似過ぎていることが原因となって行商から忘れられた。というのがカーグの村のご老人の言であるが、

 こんな不便な場所にある世捨て人の隠れ家のような村が忘れられるのは致し方ないだろうと言うのが、村に住む貴重な若者であるニルとトエトの認識であり、隣村のよしみだからと何かと世話をやいてくれるカーガに感謝こそすれ、文句などつけるはずもなく、今もわざわざカーグに知らせを出してくれていた事を街からの帰り道に立ち寄った時に知ったニルは、お礼に街で買った塩の袋を少し分けて置いてくる程度には感謝していた。


「ただいま。いや、街に用事があったから丁度良かったよ。トエトの薬も買えた」


 行商が来ないカーグの村の交易手段は地道である。定期的に隣村のカーガへと足を運び、カーグ村の作物を貨幣に、貨幣を必要な物資へと変え、行商が訪ねることを忘れる程の山向こうの村へと戻ってくる。

 

 ニルが行くことが多く、カーガ村を飛び越え街に行くことも度々あったニルにとってはさして苦でもないが、山を越えて村人全員分の買い出しをするというのは、普通に考えれば中々に重労働なことであった。


「ごめんね、ありがとう。荷物、じいちゃんたちに届けるよね。僕も手伝うよ」


 トエトは話しながらさっと作業していた机の上を片付けると、席を立ちニルの側に寄った。トエトは普段は至って健康体の、ニルと幾つも変わらない働き盛りの青年だった。


 けれど時たまに、突発的な体調不良に襲われることがあった。それを治癒するには教会の特別な薬が必要であり、またその体調不良がいつ起こるかもわからないせいで、ニルはトエトに対して過保護ぎみであった。早くに両親を亡くしたニルにとって、たった一人の家族であるから当然といえば当然なのかもしれないが。


「あー、荷物はどうせ魔導鞄(マジックバック)に入ってるから、重くないし。俺が行ってくるよ。それより、作業止めて悪いな」

「む。また僕に遠慮してるでしょ。ここ数日は調子良いんだ」


 お兄ちゃんがいない間に、家の用事も、畑のお世話も、狩だってこなしたと、トエトは口を尖らせてニルに訴えた。


 けれどもニルはそんなに仕事をしたならば尚更休めとばかりに、トエトの肩に手を添え椅子へと誘導する。そうしてニルを椅子に座らせると、さっと身を翻して「直ぐに戻る」そう告げて家を飛び出した。


 トエトも飛び出したニルを追いかける気は無く、軽く息を吐きしょうがないんだからとばかりに立ち上がると、ニルが帰って来た時のためのご飯を作るためにキッチンへと足を向けた。この一連の流れが買い出しの度に起こるニルとトエトの日常だった。


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