刈谷合戦①(1553年)
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2024.9.30改訂
「証拠はご覧のとおりです」
「細工の必要も無いか」
「水軍の動きが活発になっています」
「ここ数日の話になりそうだな」
為景の周辺を調査していた孫六は今川との関係を示す証拠を多数手に入れて信行に渡した。今川からは岡崎から刈谷を攻めるので呼応する指示されていた。対して為景は陸から鳴海を、海から熱田を急襲する計画を立てて今川に伝えていた。
「為景を始末しますか?」
「いや、私の手で行う」
「生贄ですか」
「あの一件を既に忘れている者が居るかもしれないからな」
信行は家督相続の際に反信長一派を悉く粛清したが、為景のような跳ね返りが居るので見せしめとして自らの手で始末する考えを持っていた。
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信行と勝介は情報を元に方針を決めて関係各所に指示を出すと共に信長にも状況を知らせた。
「水軍は一から再建する事になるでしょうな」
「為景に与する者は要らない。時間が掛かるのは織り込み済みだ。それより清須攻めに援軍を出せなくなったのが痛い」
「またぞや兄弟不和と言い出す者が」
「言いたい奴には言わせておけ。今回の件が終われば自然と消える」
信行は自ら一軍を率いて清須攻めに参戦するつもりだった。信長が大将を務めるので兄弟仲は良好である事を周囲に知らしめると共に信長の戦い方を傍で見る事を目的にしていたが、為景に全てご破算にされたので非常に不愉快だった。
信長宛の手紙には佐治一族と知多水軍を粛清する事に加えて兄弟不和を噂する者が居れば再び厳しい対応を取る事が書かれていた。
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具足を身に付けた信行が勝介と共に広間に入ると出撃の準備を整えて集まった将兵が一斉に一礼した。その中には朱色の具足を身に付けた直虎と藍色の具足を身に付けた御前の姿もあった。
織田家では当主格の者が出陣する際は奥方も具足を身に付けて城を守る事が不文律になっており、信行に嫁いだ直虎もその決まりに従っていた。
「旦那様、末森の事はお任せ下さい」
「勝介を補佐役に残すから何かあれば任せれば良い。母上、宜しくお願い致します」
「こちらの事は心配ありませんから心置きなく戦いなさい」
「心得ました」
信行は立ち上がると広間に集う全員に杯を渡して酒を注いで回った。そして号令と共に一息に飲み干すと杯を床に叩きつけた。
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山口教吉は父教継の指示で軍を率いて知多半島にある大野城に向かっていた。大野城は佐治為景の本拠地で城下には知多水軍の湊が設けられている。
「本当に大丈夫なのだろうか?」
「上意だと言えば佐治為景も指示に従うと」
「従わなければ攻撃するしかなさそうだな…」
「知多水軍が熱田を攻める準備をしている以上、やむを得ないと思いますが?」
出発前に父教継から佐治為景を訪ねて上意により大野に留まる旨を伝えろと命じられた。本人ではなく参謀役が乗り気になっているので事情を知らない多くの兵士は首を傾げていた。
「助けは要らん。早々に去れ」
「末森からの命令です」
「何だと?」
「疑われるなら一読される事をお薦め致します」
教吉から手紙を毟り取って中身を確認した為景は絶句した。関係者が指示に従わない場合や不審な動きをした場合は佐治一族を拘束して末森に送れと書かれていた。
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大野城に到着した教吉は信行からの使いだと門番に伝えて為景に取り次がせた。城下の警備は厳重になっている上に兵糧が城内へ運び込まれるなど物々しい雰囲気になっていた。
「援軍は不要だと教継につたえろ」
「それは出来ません。末森からの指示です」
「ふざけるな!」
「信行様に従わないと仰せですか?」
教吉を追い出そうとしたが、上意を盾にされて何も言えなくなった。意気消沈する為景を尻目に教吉は席を立って湊に向かった。
「これはどこに行くのだ?」
「駿府です。津島で預かった荷を運びます」
「駄目だ。許可を出した船以外は出港を認めない」
「許可を出した船はどこに居るのですか?」
「津島と熱田です」
教吉は湊に停泊していた船を全て足止めさせて荷物を陸揚げさせた。文句を言う荷主に対して金は出すから陸路で目的地に向かえと指示を出した。教継から何かと必要になる筈だと大金を預けられたのでそれを利用した。
「どういうつもりだ!」
「上意なので仕方ありません」
「貴様…」
「信行様に背く事は御館様に背く事と同じだと理解されていますか?」
為景は怒り心頭で刀を手にしようとしたが、教吉に睨まれると動けなくなった。蛇に睨まれた蛙そのもので傍に居た者は為景に従っていたら命が危ないと思うようになっていた。
教吉に身動きを封じられた為景は城内の一室に閉じ籠められて誰とも会えなくなった。外部への連絡手段も絶たれたので窮状を伝える事が出来ず、商人に扮した今川の遣いも郊外に設けられた臨時の関所で追い返されて情報のやり取りが不可能になったので知多水軍と佐治は事実上無力化された。