プロローグ~帰り道での回想
助手席で眠っている彼女にキスをしたら未来は変わっていたのだろうか…
「友達に男の子を紹介されて今度ダブルデートの予定が入るかも」
「撮影ドタキャンなったらごめんね」
隣県の陶芸ガラス美術館でのポートレイト撮影を終えての帰りの車中、僕が「もこちゃん」と呼んでいる彼女は僕にとっては写真を撮るための被写体モデルでありコスプレイヤーでもある。
「別にいいんじゃないかな」
「そう?」
彼女の返事の意図は分かりかねたが、僕の「いいんじゃないか」には二つの意味があった。
「僕と付き合えばいいのに」と思う意味、その反面、ひと回り以上年の離れた僕よりは、「釣り合いのとれた若くてイケメンの男性の方」が「いいんじゃないか」。そして生涯の伴侶を得るにはそういった活動もしなくてはならないので「いいんじゃないか」と…
彼女は半年前に転職し、今の職場が肌に合うのかバリバリ仕事をやっている、上からの信頼も厚そうだ
「前の職場は暇すぎて何も無い職場だったの」
今の仕事は学生時代に専攻していたことやコスプレイヤーとして培ったノウハウを最大限に使うやりがいのある仕事のようで、話す模湖ちゃんは楽しそうだ
今は仕事が楽しい時期なのだろう。友達のダブルデートの誘いもあまり乗り気では無さそうだが、そういったいわゆる「婚活」もやってないと体裁を取り繕えない世間体だそうで、そんなとこからしぶしぶ腰を上げたと苦笑いする。
彼女と僕との付き合いは長い、付き合いと言っても被写体とカメラマンという関係だけれど、かれこれ10年になろうとしているお互い色々あったけれど、なんだかんだ続いている。少なくとも模湖ちゃんと居ると落ち着く
僕はこの10年の間に妻を亡くした、三回忌も過ぎたある日、ぼくは模湖ちゃんにプロポーズした。ただあまりに年が離れていることから真面目なプロポーズに受け取られなかった、冗談めいた雰囲気の中、僕は結婚しようと二度押しした。彼女は言った「2億円と5千万のマンションかな」愛知に住んでいる女子としては妥当な物言いだ、生涯年収と住居があれば後は一生何とかなる。それなら一生を僕に預けてもいいのだろう、こう言っちゃなんだがお互い相性はいい、後は歳が離れていても大丈夫と言い切れる「現実」つまり「金」だ
今は結局、モデルとカメラマン以外の関係以上ではない。強いて言えば僕が年上の分だけ人生経験を語ることがあり、彼女は最近のトレンドを僕に教えてくれる、そんな関係
帰りの高速道を走っていく。道路のつなぎ目の段差でリズミカルに車が揺れた。撮影で疲れた身体に心地よい振動、車中の温度は少し高め、彼女には退屈で僕には心地よい柔らかなソウルミュージックを小さめの音で鳴らす。彼女は助手席で眠りに抗っている
「寝てもいいよ、その代わり寝たら寝顔撮るからね」
いつも撮影の帰り道に言う言葉…
「寝ないもん・・・」
と言っている傍から声が小さくなる。
寝てしまった・・・
写真を撮るために慎重にパーキングに停める、消音に設定してシャッターを切る、寝顔を見るとなんだか楽しそうだ。また車を進める、発車時の振動で起こしてしまったようだ。
「私、寝てた~」
本線に入るや、再び眠りに就く模湖ちゃん。
「お休み、もこちゃん」
そうか、模湖ちゃんとは10年になるのか。
運転しながら昔のことを思い出す。出会いの撮影は「アイスクリームの擬人化」合わせで、僕はセカンドカメラマン。初めての個撮は公会堂だった、楽しかったな…