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カーニバル  作者: O
1/1

退屈な日常と退屈なきみ

私は特に困っていない。

悩んでもいない。

思春期特有の葛藤とかがあまりになさ過ぎて、両親に申し訳なくなるぐらい。だって思春期の子どもを持ったからにはちょっとぐれた娘と面倒くさい親子関係になってみるのも親にとっては子育ての醍醐味っていうか、一興のはずだと思うから。でも仕方ない。志望校である難関大学には十分手が届く成績だし、容姿は学校の中では平均並みで上のグループにいるし、家は別に貧乏でもない。この狭い学校っていうコミュニティーの中では「勝ち組」。そしてたぶんこれからの人生でも割と光の当たる道を歩んでいけると思う。私の言う「光の当たる道」っていうのはつまり、容姿が良くて、有名大出身で、年収が人並み以上、もしくは年収が人並み以上の旦那さんを持っている女の人が歩くような道。大人は何も言わないけれど、子どもはみんな分かってる。将来どっちの道に転がるのかはもう既に、大体物心ついた頃から決まっている。そして高校生で決定的になる。そこからの軌道修正は難しいんだ。

 何だか砂漠に担任と二人で取り残されていたみたいな、そんな二者面談が終り、すっかり人のいなくなった廊下を歩く。無心で、淡々と。

「葵!」

「まこと?」

 その声に振り向くと、廊下を走ってこちらに向かってくるまことの姿が見えたので立ち止まる。

「二者面談終わったの?」

「うん。まことは?」

「あたし昨日だった。今部活終わったとこ。」

 まことが私に追いついたから、私たちはふたり並んで廊下を歩き始めた。まこととは同じグループで、特に仲が良い。私たちは同じぐらいの身長で、同じぐらいの髪の長さで、同じぐらいの痩せ型をしている。女子のグループって見た目が似た者同士で集まることが多いと思う。それとも同じグループにずっといるから見た目が似てくるのかな。とにかく、そういうグループの「雛形」から大きく外れてしまうと、その人は自然に排除される仕組みが出来上がっているのだ。恋愛もそう。女子の上位グループの彼氏は男子の上位グループに属していなければいけない。誰も口に出しては言わないけれど、それぞれのグループに対応する異性のグループっていうのが明確にある。そして自分のグループと呼応する異性のグループ以外は最初から恋愛対象外なのだ。この禁を破ったものは「異端」として白い目で見られる。そもそも日常生活において、その他グループとは交流が無いから、恋に落ちようもないのだが。

「葵?このまま帰るでしょ?」

 まことの言葉にはっとして、一瞬自分がどこかへトリップしていたことに気が付く。

「うん、帰ろう。」

 きっと二人並んだ私たちの姿は、後ろから見たら双子みたいに見分けが付かなくて。


 私たちが通うのはミッション系の高校で、ミッション系なんて言うと大体「女子高?」って聞かれるけど、普通の男女共学だ。すると「へー、珍しいね」と続くけど、全国を見てみれば割りとある。大方のミッション系の高校がそうであるように、私たちの学校もミッション系とはいいつつ別に週に一度朝にミサがあることと、これまた週に一度「宗教」の授業と銘打ってシスターが教壇に立つ以外は普通の学校と変わらない。

 しかしひとつ、他の学校とは大きく違うことがある。それは私たちの学校には体育祭も文化祭もなく、代わりに年に一度「謝肉祭」があることだ。言ってしまえば体育祭と文化祭を一緒にしたような学校行事で、生徒たちの間ではより呼びやすい「カーニバル」が通称として使われている。もの珍しさも手伝って一般人の来客も多く、学校側も格好のアピールの場として結構な予算を割いている。メインは二年生各クラスによるパレードで、大方の人間が「カーニバル」という言葉から想像するような山車を作り、生徒たちが派手な衣装を着て練り歩く。各クラスで被らないようにテーマを設け、毎年なかなか手が込んでいる。ちなみに去年の先輩たちは一組から「スポーツ」、「竹取物語」、「サバンナ」、「花火」、「宇宙」という統一感ゼロのテーマだったが、各クラス独自の世界観を作り上げていて、逆にそのチグハグさが飽きのこない魅力になっていた。



 夏休みが近づいてくると、そろそろカーニバルに向けて学校全体が動き出す。といっても模擬店は何がいいか、全体のテーマを何にするか等の話し合いが中心。二年生は専ら、パレードのテーマ設定でもめる時期だ。私たちのクラスも例に漏れず、実行委員の男女二人が前に立ち、その内の男子の方が黒板に癖のある文字を躍らせている。

私たち五組は「ヴェネチア」。実行委員の提案でうちのクラスは正統派のカーニバルにしようということになった。それならばヴェネチアかリオかということになり、さすがに学校行事でラテン系の露出度の高い服は着られない、それから男子の衣装も困るということで消去法的にヴェネチアに決定した。

他のクラスは「赤ずきん」、「スイーツ」、「未来」、「動物」と出揃い、今年も去年に優るとも劣らないチグハグぶりとなった。


 私は周囲から自分がどう見られているのか十分理解している。所謂「イケてる」グループで、美人で頭の回転も悪くない。あまり勉強が出来ない運動神経抜群の体格と顔の良い男子たちと仲が良くて、何だかちょっと近寄り難くて性格きつそう。総じてそんなところ。私が大人びたクールな感じなら、同じグループのまことは女の子っぽくてキュートな感じ、愛子は一番小さくて元気な感じ担当で、ユリはちょっとぶりっ子キャラ。共通点は社交性と見た目の華やかさ、それから全員彼氏持ちってことぐらい。クラスの他のグループの冴えない人達に裏で私たちのグループがふざけて「貴族」って呼ばれているのは知っているし、まことやユリやあっこがそれにいい気になっているのも知っている。かく言う私だって人のことは言えない。当事者なのに傍観者でいるような、そんな感じがするけれど、きっと心の中ではいい気になっている。遥か昔、政治だの哲学だのについて悩む権利、つまりそういう精神的余裕や金銭的余裕を持ち合わせていたのは貴族だけだった。私は貴族ではないけれど、日々の生活に切羽詰ってもいないから、たまに世界平和や愛について考えてみる。次の期末テストや将来の夢についての心配も、体重や髪型の心配もしなくていいから、毎日がつまらない。こういうことを貴族がぽろっと言ってしまうことから革命が起きるのかな、とか考える。私はそんなドジは踏まない。



 最近、誰かに付けられてる。ここ一週間、帰り道で毎回同じ男の影が後ろを付いてくるのだ。遠目に制服にスクールバックを持っているのが分かったから、どうやらその男は同じ学校の生徒のようだった。もしかしたらただ帰る方向が同じなだけの男子生徒かとも思ったが、明らかに一定の間隔を空けて私の後を付いてきている。高校に入ってからはずっと健吾と付き合っているし、周囲からもお似合いの二人って見られているから、その間に入り込もうとする「勇者」なんて一人も現われなかったのに。校内で男子に目線で追われているなあと感じるぐらいは頻繁にあっても、校外で誰かに付けられるなんて初めてだった。男の「視線」だけならまだしも「身体」が伴ってしまうと私も身の危険を考えなくてはならない。しかしここ一週間、犯人は距離を置いて私の後を付いてくるだけで、私が家に着くとそこで犯人のストーキング行為は終了するようだった。休日の学校のない日は特に何もなく、男が付いてくるのは本当に学校帰りの道だけだった。身の安全が分かると次第に私のその男に対する感情は、恐怖や疑念よりかは好奇心に変わっていった。退屈な生活に現われた謎の男。十五日目にして私の興味は限界点を突破した。

 今日はいつもよりゆっくりと歩く。いつもの通学路の景色でも楽しむみたいに、人通りの少ないその道を歩いた。そして途中にある、普段なら近寄りもしない個人経営の廃れたコンビニに入った。雑誌を眺める振りをして窓の外を見遣る。やっぱりいる。男は私がコンビニから出てくるのを待つように、正面の住宅の陰に立っている。ケータイ片手に、こちらをあまり見ないように。今まで見られているばかりだった私が逆にその男を凝視しているというのは、何だか面白かった。優勢に立っているようで興奮を覚えるような。その気分の高揚に任せて、私はレジ近くにあったチョコレートを買い自動ドアを出ると、そのまままっすぐ道路を横切った。真正面には目標物。私のこの行動が予想外だったのだろう。真っ直ぐ自分の方へ向かってくる私を避けようとするようにもと来た道を引き返そうとするが、だめ、絶対逃がさない。

「ねぇ、あなた私のストーカーなの?」

 走り去ろうとする背中に向かって、声を張る。その男は遠目にも分かるぐらいびくっと肩を揺らし、立ち止まった。というより硬直してしまったみたいだった。私の予想通り、犯人は私と同じ制服を着た男子生徒だった。顔を見ようと正面に回りこみ並ぶと、目線の高さが同じぐらいだから、おそらく一七〇センチない程度。なで肩で線が細く、女の私よりも貧相かもしれない。完全に私の周りにはいないタイプの人間。どうして健吾と着ているものは同じなのにこうも違ってくるんだろう。そう思わずにはいられないダサさ。その男子生徒は私にまじまじと見られることに耐えかねてか咄嗟に顔を伏せたが、そのために耳まで真っ赤になっているのがよく見えた。少し、遊びたくなった。

「見てるだけで満足?」

 男子生徒は伏せたばかりの顔を上げた。まるで私のこの言葉の真意を探るように目を泳がせている。別に言葉通りの意味で真意なんてないのだけれど。

「ねえ、たまに一緒に帰ったり喋ったりしてあげようか?」

 あくまで「してあげる」。意識しなくても上からの物言いになってしまうのは、全身に染み付いた条件反射みたいなもの。この生徒が所謂「下の階級」に属していることは一目で分かる。

「…ど、どうして。」

 「単なる好奇心と暇つぶし」なんて本音を言ってしまってはせっかくの余興が逃げてしまうだろうから、そこは得意の作り笑顔で切り返す。

「あなたに興味があるの。」

 別に嘘は言っていない。ただ、それがどんな種類の興味なのかまで言う義務は私にはない。

「ゲームしようよ。私たちが仲良くしてるってこと、クラスのみんなにバレたらゲームオーバーで、どこまで出来るか。」

 「何が」は言わない。

「あ、あの…」

「何?」

 言葉を発するまでの時間が長くていらいらする。会話のテンポからしてこの生徒の頭の回転があまり早くは無いことが分かった。

「僕、同じクラスの岡崎佑太(オカザキユウタ)って言います。」

「それってゲームに乗るってこと?」

 私の言葉に「岡崎くん」はまたびくっと肩を震わせ黙り込む。まるで自分がか弱い小動物でもいじめているもたいで嫌な気分。それでも彼のテンポが追いつくまで私も黙って腕を組んで待ってみる。

「…はい。」

 蚊だってもっと大きな声で鳴くでしょと思ってしまうような、細い細い、消え入りそうな声だった。

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