第四話 「初勝利」
「災難だったね」
中で丸井のおっさんが手招きしていた。俺は大股かつ蟹股でおっさんの前に座る。
「まったく何なんだよ。あんな貧相な胸に欲情なんてするかよ。ていうか、おっさんはいいのかよ」
「僕は医者だからね」
「おっさん、まじで、セクハラだけはすんなよ」
「心配無用さ。僕には二次元があるからね」
一拍置いて、俺はヘルメットのことを再度謝った。
「大丈夫、大丈夫。故障してなかったし、ヘルメットなら予備がたくさんあるから」
「おっさんはいい奴だよ」
「照れるよ。それより、さっきもう一回挑戦させてくれって言ってたけど、病魔と再戦するつもり?」
俺はうなずく。
「いきなり白血病魔は無理だから、雑魚から倒していく。敵倒したら、万能なんたらをもらえて、強くなれるんだろ?」
「ああ。じゃあ、当面の目標は五十連勝だね。戦闘医師免許を取得したら、給料も出るし、他の強い戦闘医とも知り合える機会が増えるよ」
「知り合ってどうするんだよ?」
「チームを組むこともできる。本来、強い病魔とはチームで戦うものなんだ」
俺は拍子抜けした。つまり、俺が一人で頑張らなくても、強い奴らに任せれば、白血病魔を倒してもらえるのだ。白血病魔を倒せるチームに治療の依頼をできないか、おっさんに訊いてみた。
「残念だけど、白血病魔を倒せるチームは、世界に二チームしかいないんだ。今から予約したんじゃ、とても、その」
間に合わない、か。
「分かった。あともう一つ思ったんだけど、俺みたいな初心者でもチームを組めば、五十連勝ぐらい軽くイケんじゃね?」
「いけるけど、戦闘医師免許は発行されないよ」
「どうしてだよ?」
「戦闘医師免許は、一人でもある程度戦えますっていう証明書なんだ。だから、単独で五十連勝しないと駄目」
俺は髪の毛を掻きむしった。つまり、あれだ。
「とにかく病魔を倒しまくればいいってことだな」
「そうだよ。で、まず、武器を選ばない? やっぱ素手だと無理があるからね。触れた時点でアウトな病魔だっているし」
俺は武器カタログを見せてもらった。武器の種類は豊富で、カタログは電話帳一冊分ぐらいの厚みがある。
「五つまで選べるからね。まあ、武器の変更はいつでもできるから、病魔によって使い分けるのもありかな」
俺はページをめくりながら考える。銃や剣は論外だな。短期間での成長が見込めない。使い慣れた武器、もしくは猿でも使えるような単純な武器がいい。槍も斧も駄目。かっこいいだけだ。俺では使いこなせないだろう。
「決めた。メリケンサック二つと鉄バットと釘バットにする」
「不良チョイスだね。あと一つ枠は空いているけど、どうする?」
「なしでいい。倒せない病魔が出たとき、そいつの弱点を突けるような武器を適宜入れたんでいいだろ」
「思ったよりちゃんと考えてるんだね」
「命、かかってるからな」
おっさんが息を呑む音が聞こえた。
「うん。頑張ろう。僕も協力する」
「つってもチームは駄目なんだろ?」
「病魔については詳しいから、戦略面でアドバイスしたり、弱点を教えたりできると思う」
「頼んだぜ、おっさん。じゃあ、とりま、テキトーな相手を電脳フィールドに輸送してくれー」
俺はヘルメットをかぶって、電脳空間へ侵入した。
「最初の敵は、流行性耳下腺炎。いわゆるおたふく風邪だよ」
黒い穴から現れたのは、カバだった。
「慢性胃炎は牛だったよな。動物ばっかだな」
「病魔にもいろいろなタイプがあるんだけど、動物を模しているものが一番多いかな。おたふく風邪の病魔の強さは、下の中ぐらいだよ。弱点は、えっと」
「いいよ。苦戦してもいない内から弱点聞けるかよ」
俺は拳を握り、ファイティングポーズを取った。
「武器を出したいときは、念じてみて」
メリケンサックと念じると、拳が光り、メリケンサックが装着された。
「しゃあ、行くぜ」
カバに向かって走り、距離を詰める。至近距離でカバが大口を開けた。中で火花が散っている。
「避けるんだ」
おっさんが叫んだ。
カバの口から出た光線が俺を貫く。腹に穴が空いた。
「いてえじゃねーか」
「病魔の攻撃は痛覚に働きかけるんだ。でも体に傷はつかないから安心するといい」
俺は腹を押えて、倒れながらカバにパンチを決めてやった。カバの顔面が凹んだ。
「いいぞ」
おっさんはそ言ったが、俺は倒れていた。腹に穴が空いて、立っていられるわけねえだろ。カバがひしゃげた顔面で俺を見下ろし、口を開けた。やばい。また光線が来る。
「諦めるな。まだ勝機はある。バットだ。バットを使え」
俺は鉄バットを出現させ、カバの口に突っ込んだ。カバはえづいて、足を小刻みに動かした。
「もう一本くれてやる」
釘バットも突っ込む。数秒後、カバの口が爆発した。
「おめでとう。鉄也君、初勝利だ」
「やってやったぜ、ちくしょう」
カバが消え、黄色の球体が現れた。
「万能抗体、まんじゅうだ」
俺は手を伸ばして、空中に漂うまんじゅうをつかんだ。
「で、どうしたらいいんだよ? これ」
「食べるんだよ」
一口かじったが、味はしなかった。気味が悪いや。
「身体能力値と病魔耐性値が上がったはずだよ」
「あんまり実感ねえな。ていうか、腹の傷は回復しねえのかよ」
「まんじゅうは回復アイテムじゃないからね。いったん電脳空間から離脱してくれるかい? アバターを回復させよう」
俺はヘルメットを脱いだ。パソコン画面には、Now Recovering……の文字が映っている。
「回復ってどのぐらいかかるんだ?」
「あの傷だと一時間はかかるかな」
「どうやって治すんだ?」
「回復用ソフトが治してくれるんだ。僕はエンジニアじゃないから、詳しいことは分かんないけどね」
もう夕食時だったので、俺は病室に戻ろうとした。
「今日は食堂で食べようよ。いいものが見れるから」
「いいものって何だよ?」
「それは後のお楽しみということで」
ま、一人で食うよりはいいか。