エピローグ
葉ノ池市民音楽ホールを出た俺は、ベンチに座っている人影に足を止めた。長い髪が両肩に流れている。胸元に小麦色の紙袋を抱いている。
「来てたのか」
「悪い?」
「悪いなんて言ってない」
「来てくれてありがとうとも言わないのね」
憎まれ口は相変わらずだ。
「演奏、聴いたわよ。私は楽しめた。だってあなたのあんな真剣な顔、見たことなかったもの」
「うるせえな」
「結果はどうだった?」
「表彰式の最中に出てきたんだから察しろよ」
コンクールの結果は圏外だった。端にも棒にもかからなかった。でも、自分なりの演奏はできたし、審査員共を殴らなかっただけでもよしとするか。
「慰めてあげよっか?」
「傷口に塩を塗るの間違いだろ」
俺がそう言うと、そいつは笑って、紙袋から何か取り出した。メロンパンだった。
「はい。私が焼いたんだよ」
俺はメロンパンを受け取り、一口かじる。
「おいしい」
「当然ね」
「やっぱまずい」
「ひどい」
二人してメロンパンを食べていると、俺の電話が鳴った。おっさんからだった。内容は俺たちへの治療依頼だった。
「緊急じゃないからゆっくり来いってよ」
「じゃ、ゆっくり行こっか」
晴れ渡る秋空の下を、俺と初菜は歩いていく。
了




