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電脳戦場の白血病魔  作者: 仙葉康大
第一章 戦場にて一人
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第三話 「けだもの」

 病室に戻ると、蓮実先生がいた。


「今、大丈夫?」


 俺は返事もせずに窓際まで行き、外を見た。駐車場に白い軽自動車を見つける。蓮実先生の車だ。今は平日の夕方。普通は他の生徒のレッスンをしている時間帯だ。時間を作って来てくれたらしい。


「果物、買って来たの。果物ナイフも。だから、食べたいのあったら皮、剥くけど」


 蓮実先生の声は弱弱しく、今にも消えてしまいそうだった。


「ごめん」

「あんたが謝る必要なんてねえよ。俺、今、機嫌悪いから、またあんたにキレちまうかもしんねえな。前みたいに」

「前って、コンクールの日のこと?」


 今思い返すと、なんて小さなことでイラついたり、キレたりしてたんだろうと思う。クラシック音楽ばかり聴いたって死ぬわけじゃない。審査対象外になったって死ぬわけじゃない。


「悪かったよ」


 俺は、自分にしか聞こえないぐらい小さな声で言った。


 それから後は、あまり話をしなかった。蓮実先生は優しい人だから、何を言っても俺を傷つけると分かっていたのだと思う。五時になると蓮実先生は帰って行った。


 蓮実先生がくれたフルーツバスケットには、果物だけじゃなく、ピアノのCDやDVDも入っていた。ラベルに、「弾田(だんだ)鉄也、コンクール」と書いてあるDVDがあった。


 再生すると、今の身長の半分もない俺が出て来て、舞台の上でお辞儀した。ピアノを始めた頃、八歳のときの映像だ。画面の中の俺は、背筋を伸ばして子犬のワルツを引き始めやがった。笑っちまうぜ。まったく。


 子犬のワルツで思い出した。これは、俺が初めてコンクールに出たときの映像だ。入賞はしなかったけど、まあ、自分なりに、何だろうな、手ごたえみたいなものはあったよ。蓮実先生も褒めてくれたしな。


 DVDに記録してあるのは、最初のコンクールだけではなかった。九歳、十歳、十一歳。俺は大きくなっていく。同時に、目つきも悪くなっていく。中学の頃なんか、髪を金色に染めてやがる。


 高校生になり、黒髪に戻した俺が出てきた。直近のコンクールだ。俺が自由曲でボカロの曲を弾いて、審査員を殴ったコンクール。傍から見ると、アホにしか見えなかった。ひでえな。ボカロ弾くのはいいけど、指が回っちゃいねえ。やけくそになってやがら。観客席からは笑い声も聞こえるし、審査員共は耳を押さえだすし、駄目駄目じゃん、俺。でも、最後まで弾き切った。最後の最後までピアノに食らいついた。


 俺は画面を停止させて、DVDを取り出す。


 たった一回で諦めるのは、過去の俺が許さねえよな。曲だって何千回と弾いてものにするんだ。俺は走り出していた。看護師から「廊下を走るな」と言う声が飛んだが、かまうもんか。


 丸井のおっさんのいる診察室に行き、すぐさま頭を下げる。


「さっきは、ヘルメットぶん投げちまってすまねえ」

「あー」


 おっさんの間抜けな声がした。


「分かった。鉄也君、落ち着いて。頭を上げちゃ駄目だよ。いったん、外に出ようか」

「何でだよ。もう一回挑戦させてくれよ。おっさん」


 顔を上げると、診察ベッドに今日屋上で会ったメロンパン女が寝転がっていた。上半身裸で。胸は小ぶりで、メロンパンよりも小さかった。


 女は叫び声を上げるでもなく、片腕で胸を隠し、おもむろに立ち上がり、俺の頬をぶった。


「けだもの」

「悪かったよ。でも、見たくて見たんじゃねえよ」


 再度、平手が飛んだ。頬がちぎれるかと思った。頬に手を当てると、ヒリつくような痛みがにじんでくる。出て行こうとしたら、後ろから尻を蹴られた。相手は女だと自分に言い聞かせ、なんとか反撃したい気持ちを抑えつけた。


 診察室の前で待っていると、メロンパン女が出て来た。俺をゴキブリを見るような目で睨みつけてから、階段の方へ歩いて行った。

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