第三十六話 「最速の戦闘医」
アメーバは空中に漂い、体の端々を伸ばしたり縮ませたりしている。攻撃はまだない。距離五メートル。攻撃射程内だ。俺は鉄バットを横に振った。反対側では初菜が刀を振るう。小さなしぶきが二つ上がり、アメーバの液体が辺りに飛び散る。核は体の中心に残っている。俺と初菜は核の周りの液体を削ぐように二撃目を入れようとした。が、アメーバの体から無数の棘が伸びた。速い。胸の前で腕を組みつつ、後退する。腕に棘が刺さり、骨をえぐった。が、致命傷には程遠い。
流架の声がした。
「もう少し削ってもらわないと、狙えません」
初菜は棘を避けつつ、敵を斬りつけていた。俺は片手にメリケンサックを装着し、棘ごと敵をぶん殴る。棘にひびが入り、砕け散る。今や敵の体積は登場時の六割だ。
銃声が二、三発立て続けに聞こえた。と思ったら、すでにアメーバに着弾しており、弾丸の内、一つは見事核に命中していた。核が赤く染まっていく。
「やった」
俺と初菜はいったん距離を取る。第一段階は成功だ。
「あとは私が一太刀入れるだけ」
初菜はまだ数珠丸恒次を持たない。手に持っているだけで、アバターが内部から壊れていく副作用があるからだ。
一息ついている間に、アメーバの体積が二倍、いや三倍に膨れ上がった。さらに液体は分離を始め、分離した塊が空中で銃になった。アメーバはまだ体積を増やし続けている。銃の数も増えて行く。本体からは刀が二本、鉄バットが三本突き出ている。
「俺たちの攻撃を学習してやがるのか? くそっ」
「焦らないで。私達の作戦に変更はないわ」
俺たちは誰も動かなかった。百を超える銃口がこちらを向いている。
「あの、僕、病魔耐性値の関係で長期戦は無理ですよ」
流架の病魔耐性値は俺たちほど高くない。長く持ってあと二十分ぐらいか。
「行くしかねえ。流架、しっかり援護しろよ」
俺は駆け出した。同時に銃声。弾丸の一つ一つを目で追えるわけはない。俺は力の限りバッドをスイングした。何発かはバットに当たり、白血病魔へと打ち返せた。だが、少なくとも十発以上の弾丸が俺の体をえぐった。痛いが、現実の体には影響がない。死ぬわけじゃないのだ。痛覚ごときに負けるかよ。俺は痛みを無視して、前へ前へ進む。
初菜も動いていた。やはり何発か着弾している。着物に血がにじんでいた。本隊までまだ距離がある。このままだと本体にたどり着いた時には、俺も初菜も血だるまになっている。
ふらついていると、本体のアメーバが体から生やしている剣を飛ばしてきた。俺は反応できなかった。空を左腕が舞った。空を舞っている腕は一本ではなかった。肌のきれいな細腕も空を舞っていた。初菜を見やると、右腕がなくなっていた。
「ちくしょうが」
悪態をついている間も、銃弾は止まない。あと少しで損傷部分が限度を超える。
「ここまでね。あなたたち、デザートしなさい」
俺はまだ気持ちが追いついていなかった。まだやれる。そんなはずがないのにそう思ってしまう。
「何してるの? 速く。いつ攻撃が再開してもおかしくないのよ」
「くそお。デ」
唐突な既視感が俺を襲った。
そいつの前では、デザート直前の数秒が長く引き伸ばされ、永遠にすら思える。俺の動体視力では決して追えない、軌道をつかむことすら不可能な速さ。空を駆ける閃光はほのかにピンク色に見えた。
デザートの「ザ」を言う前に、宙に浮かんでいた百を超える銃が一瞬でぶつ切りになった。銃の残骸が地に落ちる前に、そいつは俺と初菜の目の前に来て、名乗った。
「お待たせっ。キスシア・リリエットちゃんニャのだよ」
ピンクのポニーテールが弾んだ。迷彩服を着て、両手にはナイフを握っているのに、アイドルのようなこのノリ。まぎれもない、世界最速の戦闘医、キスシアだ。




