第三十四話 「勝ちゃあいいんだよ」
翌日、熱が下がった俺はおっさんのもとへ診察を受けに行った。
「明後日、初菜の病魔を倒すことにした」
「初菜ちゃんから聞いたよ。でもね、患者の同意がないと、病魔輸送ケーブルを刺せないんだよ」
「だからおっさん、何とかして初菜にケーブルを刺してくれ」
「そんな無茶な」
俺は無言で診察室を出た。おっさんには悪いが、頑張ってもらうしかない。
病室のベッドの上で、初菜は天井を見つめていた。まだ熱が引かないのだ。
今の俺が戦っても、初菜の言う通り、白血病魔には敵わない。だから、あと二日で強くならなければならない。手段は一つしかない。
ヘルメットを着けて、電脳空間に潜る。
「目安は二千体、か」
Sランクの病魔を二千体倒せば、アバターの力は格段に上がるはずだ。十体同時操作だから、一人頭二百体。ぶっ通しで倒し続ければ不可能ではない。
ミノタウロス、ハーピー、ケルベロス、キュクロプス、メデューサ。ギリシア神話に登場する幻獣を殴っては蹴り、また殴っていく。自身の体調にも気をつけ、休憩も必ず取るようにした。休むわけにはいかないから、休まなくてはいけない。
初菜とは口を聞かないまま、二日後の朝が来た。俺の予定では今日、初菜の病魔を倒すが、おっさんによる初菜の説得は上手くいったのだろうか。
朝食を流し込んでから、病魔を狩りを再開する。午前九時、二千体目の病魔を撃破。いったん戦場をデザートし、回復ソフトでアバターを回復する。
十時頃、おっさんが顔を見せた。
「外来の診察はいいのかよ?」
「いいのいいの。事情を話して他の先生に押しつけたから」
おっさんはベッドとベッドの間に立った。
「で、どうなんだよ?」
上半身だけ起こした初菜はまぶたを下ろして、身動き一つしない。
「初菜ちゃんは治療を受けてもいいって」
「本当か?」
「でも、一つ条件があるって」
ろくな条件じゃないだろうが、聞くしかない。
「何だ?」
おっさんは答えない。初菜が口を開く。
「先にあなたの病魔を倒すことよ」
「駄目だ。お前の病の方が重い。そうだろ? おっさん」
「どちらかと言うと、鉄也君の言う通り、初菜ちゃんの方が良くない状態だ」
「だからこそ、先に勝算のある方と戦って、勝ち、まんじゅうを食べて、アバターを強化したいの」
病の重さと病魔の強さは比例する。間違ってはいない。
初菜は口だけを動かして、決して目を開けようとしない。なめやがって。
「筋は通っているな。だから何だ? 俺はお前の病魔から倒す」
「どうして? ちゃんと考えてる? あなたの意地に私を巻き込まないで」
俺の病魔から先に倒すという初菜の案は、正攻法だろう。
「逆だ。お前の自己満足に俺を巻き込むな。お前、自分を犠牲にする気だろ?」
初菜の片眉が上がる。
「どういうことだい?」
おっさんが訊いた。
「仮に俺の病魔から片付けるとする。俺と初菜が力を合わせてかかっても、勝算は三割を超えないだろう。だが、一人がなりふり構わず、犠牲になってでもという気概で病魔の動きを止めたら、勝負は分からなくなる」
初菜は、数珠丸だっけか、あの副作用つきの刀を使いまくる気に違いない。それこそ、自身のアバターが崩壊するまで。数珠丸以外にも、自分を犠牲にして病魔を倒す方法があるのかもしれない。
「私があなたの為に犠牲になるなんて、あり得ないわ。つまらない心配はしないで」
「なら装備から数珠丸を外せよ」
時計の秒針が刻む音が聞こえるほど、室内が静かになった。
「分かるんだよ。お前の考えていることぐらい」
俺も、心のどこかで同じことを考えていたから。
初菜が目を開き、俺を見た。目は、怒っても笑ってもいなかった。そこに喜怒哀楽の感情はないように思った。
「卑怯よ。自分だって私と同じことを考えてるくせに」
「卑怯でけっこう」
言い合いには勝った感じがするが、話は振り出しに戻ったに過ぎない。このままでは、俺も初菜も治療を承諾しない。次の手を考えていたら、初菜が言った。
「条件を変えるわ」
俺もおっさんも次の言葉を待つ。
「私がデザートしろと命令したら、即時デザートすること。どう? この条件、呑める?」
俺に自己犠牲を許さないわけか。
「呑もう」
「とあなたが言ったって、実際の戦闘であなたがデザートする保証はない。強制的にデザートさせる手段もない。こんな条件、しょせん口約束でしかない」
初菜がうなだれた。布団の上に投げ出された細腕が震えている。
「勝ちゃあいいんだよ」
「な」
初菜が豆鉄砲をくらったような顔をした。そりゃ、そうか。白血病魔に勝つのが難しいから、今まで議論してきたのだ。俺の発言はちゃぶ台返しみたいなもんだ。
「でも、一理あるよね」
おっさんの表情が柔らかくなった。




