第三十二話 「余裕は」
起きると、腕に点滴の針が刺さっていた。時刻は午前九時。丸一日寝てたのか。ナースコールを押す。
来たのは、ナースではなくおっさんだった。
「気分はどう?」
「悪くはねえよ。何が起こったか、教えてくれよ」
「意識を失って倒れたんだよ」
「原因は?」
おっさんが点滴の残りを確認する。
「原因は何なんだよ」
じれったくて再度問う。おっさんは俺と目を合わそうとしない。
「夏バテじゃない?」
「嘘はやめろ」
おっさんは首を振ってから、俺を見据えた。
「白血病が進行してる。かなり危険な段階だ。いつ死んでもおかしくはない」
「初めからそう言えよ」
「ごめん」
「謝らなくていい。おっさんが気い遣ってくれてるのは、分かるから」
もう時間はない。白血病魔を倒さない限り、俺は死ぬ。
「勘違いしちゃいけないよ。いつ死んでもおかしくないっていうのは、あと少ししか生きられないとは違う。いつ死んでもおかしくない状態が半年以上続くことだってある」
「詭弁じゃね?」
「だとしても事実だから。病は気から。焦ってもいいことはないからね」
おっさんはベッドの傍に座り、俺の額に手を当てた。聴診器を胸に当てる。
「今日の昼はフルーツとヨーグルトだけね。食べ過ぎないように。夜からは普通に食べていいよ」
「病魔と戦うのは?」
「今日は禁止」
「だと思った。また初菜に差をつけられちまうな」
おっさんがかぶりを振った。
「初菜ちゃんも倒れたんだ。だから電脳空間には行けないよ」
「あいつもひどいのか?」
「鉄也君以上に。それでね、多分、近いうちに二人は同室になると思う」
「そんな話もあったな。俺も初菜も反対したはずだぜ」
おっさんがため息をつく。
「残念ながら、君たちの意見を聞いていられる余裕はもうないよ」




