第三十話 「花火」
七時から花火が上がるので、俺とおっさんは屋上に行った。すでに大勢の人がいて、ベンチやパイプ椅子に座っている。出店も出ていて、かき氷や人形焼きを売っている。
おっさんと屋上の端、柵の手前まで行って花火を待つ。隣に初菜と両親が来た。初菜の親父さんとおふくろさんはおっさんと話し始める。
黄色い線が夜空へと上がり、華を咲かせた。火花が夏の空に散っていく。ここから発射場までは距離があるため、花火の音もうるさいほどではない。赤、緑、紫。花火が連続で上がる。
気がつくと、おっさんと初菜の両親がどこかへ消えていた。初菜も両親の不在に気づいたようだ。俺と目を合わす。初菜が目を離さないから、俺も離せない。初菜の口が動いた。聞き取れないので、近づく。
「何だよ?」
「いや、どうだったか、気になって」
何の話だ?
問おうとしたら、初菜がうつむく。握った拳を震わせている。
「質問の意味が分からん」
「だから、焼きそばの味、どうだったかって訊いてるのよ。なんで言わなきゃ伝わらないの。本当にあなた、馬鹿」
「お前には馬鹿だって言われたくねえな。洋食とメロンパンの融合って何だよ。ビーフシチューにメロンパンをつけて食べるのか?」
「そうよ。悪い?」
揺るがない瞳で即反論されたので、俺は片足を一歩分後ろへ動かす。
「別に悪くはないけど。あー、焼きそばも悪くなかった。いや、むしろうまかったよ」
初菜の目がまっすぐ見つめて来る。
「本当? 嘘じゃない?」
「まずかったらまずかったって言う。お前の焼きそばはうまかった」
「うん。そう」
初菜はまたうつむく。前髪で目が隠れて、表情はうかがえない。
「おい。せっかくだから花火見ろよ。きれいだぞ」
「うん」
小さく返事して初菜が顔を上げる。普段の態度からは考えられないぐらい素直だ。なんか、調子が狂う。
花火の音に交じって、鼻をすする音が聞こえた。隣を見ると、初菜が、頬を滑り落ちて来る涙を指で払っていた。
「おい、どうした? お前、何泣いてんだよ」
「泣いてなんか」
また頬を涙がつたう。
「泣いてるだろ。おふくろさん、呼んで来るか?」
「やめて。お母さんとお父さんには泣いてるところ、見られたくない」
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「別にどうもしなくていい。少ししたら泣き止むから」
夜空に花火が開くたびに、俺と初菜の影は輪郭を強くして、屋上に伸びた。
最後の花火が空を焼き終る。もう初菜の涙は止まり、頬は乾き始めていた。
「まさか人生最後の花火を、あなたと見ることになるなんて、思ってもみなかった」
俺は初菜に詰め寄り、言ってやった。
「最後じゃねえだろうが」
初菜の目にいつもの鋭さが戻る。
「口だけなら何とでも言える」
「何だと」
「何よ」
喧嘩になりそうになった瞬間、おっさんと初菜の両親がかき氷を手にこちらへやって来た。俺と初菜は互いにそっぽを向いて、かき氷を食べた。なぜか、おっさんと初菜の両親は笑っていた。




