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電脳戦場の白血病魔  作者: 仙葉康大
第三章 祭り
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第二十九話 「七夕祭り」 

 オールオペレーションの閉会式には出なかった。エリアSSの大地を踏めた戦闘医は賞をもらったそうだが、俺にとってはどうでもいい話だ。


 一階玄関ロビーの前を通ると、家族と一緒に祭りに出かけて行く患者の姿があった。病院の前の道路を浴衣姿の男女が通り過ぎていく。


「そういや、今日は七夕祭りだったな」


 白血病魔の強さに当てられて、忘れていた。


「食堂に行こうよ。出店が出てるはずだから」


 おっさんと食堂に行くと、そこはいつもの食堂ではなかった。中央には大きな笹が立っている。机や椅子がその周りに点在し、外周にかき氷や焼きそばなどを作る出店が出ていた。外出許可の出なかった患者たちが話をしながら、笑っている。窓から入って来る夕風が足元を涼しくする。


 焼きそばを焼く鉄板の後ろに食堂のおばちゃんと初菜がいた。


「二つくれ」

「今作るから」


 初菜はいつも通り笑顔一つ見せずに、具を炒めている。横ではおばちゃんが麺を焼いている。

 にんじん、玉ねぎ、豚肉、キャベツが鉄板の上で混ざっていく。ヘラを操る初菜の表情が緩み始める。


「落ち込んでるかと思ったら、そうでもないのな」

「今、話しかけないで」


 初菜の眉間に皺が寄るが、やはり料理をしている内に皺はなくなっていく。唇の端が吊り上がり、弧を描く。


 できた焼きそばをおっさんと食べていると、背の高い、スーツ姿の男がやって来た。胸元には、向日葵と天秤を組み合わせたデザインのバッジが付いている。親父だ。


「よお。調子はどうだ?」

「いいわけないだろ。病人なんだから」

「そうか。あ、丸井先生、息子がお世話になってます」

「いえいえ。じゃあ、僕は席を外します」


 軽く挨拶を交わしてから、おっさんは立ち上がり、出店のお方へ行ってしまった。


「で、何しに来た?」

「勘違いするな。丸井先生がどうしてもと言うから来ただけだ。用なんてない」

「じゃ、帰れよ」

「ああ。一目見れば充分だからな」


 親父は踵を返した。余命いくばくもない息子に対してそれかよ。


「俺が死んだらてめえだけは呪い殺す」

「馬鹿言うな。お前が死ぬはずないだろう」


 親父は弁護士だが、馬鹿なようだ。


「理由は?」

「俺の息子だからだ。まあ、精々頑張るんだな。俺は帰って明日の口頭弁論の準備だ」 


 親父は高笑いしながら食堂を出て行った。


「変な人だよね」


 戻って来たおっさんが言った。


「肉親だと思いたくないね」


 焼きそばを食べ終え、笹に吊るされた短冊を見る。病気関係の願いが多いが、中には彼氏ができますように、といった願いまである。書いたのは看護師だろう。二次元嫁が実体化しますように、って願いはおっさんに違いない。


「鉄也君も何か書けば?」

「そうだな」


 俺は、打倒初菜、と書いて吊るした。白血病魔を倒すのは当然として、初菜を上回る実力も得たい。ピアノの上達も考えたが、そっちは俺の天賦の才に任せておけばいい。


「ちなみにこれが初菜ちゃんの願い」


 訊いてもいないのにおっさんが見せて来る。短冊には、洋食とメロンパンの融合、と書かれてあった。なるほど。あいつは阿呆だ。


 刺すような視線を感じて、振り向くと、近くの机で初菜が両親と食事を摂っていた。おふくろさんとは以前会ったが、親父さんは初めて見る。口を覆うひげは濃く、頬は血色がいい。細い目の目じりは下がっていて、優しそうな印象を与える。俺は思わず頭を下げてしまった。

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