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電脳戦場の白血病魔  作者: 仙葉康大
第一章 戦場にて一人
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第二話 「VS白血病魔」

  青空の下、筋トレをして時間を潰していると、看護師が呼びに来た。回診の時間らしい。


 病室に戻ると、すでに担当医の丸井が来ていた。ベッドに腰かけ、エロ本を読んでやがる。


「おっさん、セクハラとかすんなよ」

「気をつけるよ」


 おっさんは笑っている。


「これ、差し入れだからね。好きに使いなさい」


 と言って、エロ漫画雑誌をベッドに置いて、布団をかぶせた。俺はその上に座る。


「なあ、おっさんよ。入院生活、暇すぎるぜ。個室だから話し相手もいねえしよ」


 親父の希望で、俺は個室に入れられたのだ。親父曰く、俺が四人部屋や六人部屋に入ったら、他の患者が大いに迷惑する、らしい。俺が金の心配をしたら、親父は弁護士なめるなよ、と言いやがった。うぜえ。


「話し相手、か。三階のホールに行けば、誰かしら暇している人がいると思うよ」

「じじばばしかいねえよ。老人ホームかと思ったぜ」

「鉄也君と同じ年頃の子も一人いるけど、気難しい子でね」


 おっさんが腕組みした。


「もしかしてメロンパン女か?」

「あ、初菜(はつな)ちゃんともう会ってたの? どう? 彼女、美人でしょ?」


 初菜の顔を思い出すと、否定はできなかった。


「美人でも愛嬌がねえよ。会話にならなかったぜ」

「仕事でストレスが溜まってたのかもね」

「あ? あいつ、患者じゃねえのかよ」

「初菜ちゃんは特別でね。患者だけど、医者なの。それも戦闘医」


 戦闘医とは、the Demon of Ill Health Battling System、日本語では病魔殲滅システムを用いて、患者の病気を治す医者のことらしい。


「いや、んな専門的なこと言われても分かんねえよ。あいつ、俺と同じで高校生だろうが、医師免許とか持ってんのかよ」

「戦闘医免許は持ってるよ」

「ハア? あのなあ、おっさんよ、何でもかんでも戦闘とか病魔とか付ければ、許されると思ってねえか?」

「じゃあ、実際に見てみようか」


 病魔殲滅戦とやらを見せてくれるらしい。暇つぶし、にはなるか。俺はおっさんと内科まで行った。待合室には、外来の患者が五、六人座っている。入院してると、外来が羨ましいぜ、まったく。


 おっさんの診察室に入る。


「おい。一、二体増えてんぞ」


 俺は机の上の美少女フィギアに新入りを発見した。そう、おっさん、アニメオタクである。おっさんは


「いやはや恥ずかしい」と言いながら、ウナギみたいな黒いチューブをパソコンにつないでいる。

「準備完了。僕宛てに治療の依頼を出している患者は、今のところ三十件。その中から一人選んで、治療するね」


 おっさんはパソコン画面に向き合い、いつもは真ん丸な目を細めて、患者を選んでいる。


「よし。この慢性胃炎を患っている人にしよう。鉄也君、パソコン画面に僕と病魔との戦闘が映るからね」

「おっさんはよ、強いのか?」

「僕は」


 おっさんは首にかけている聴診器を左右から引っ張った。


「強いよ」


 看護師がフルフェイスのヘルメットを持ってきて、おっさんにかぶせた。パソコン画面には、Now Loading……、という文字が浮かんでいる。


 早くしろよ、とイラついてきたとき、画面が真っ白に光り、続いて緑色の大地におっさんのアバターが現れた。服装はチェックシャツに綿パンというオタクファッションなのに、背中に身長を越える斧を背負っている。


「おっさんさあ、もっとかっけえ服で戦えよな」

「この服装が一番気合入るからね。仕方ないね」


 パソコンからおっさんの音声が流れた。どうやら画面越しに会話ができるようだ。


「今、僕が立っている場所は対病魔電脳フィールド。ここに病魔を誘い出して戦う。患者が病魔輸送ケーブルを体に刺したら、境界連絡通路がつながって、患者の体に巣くう病魔が電脳フィールドに押し出される」

「意味わかんねーよ。そもそも病魔って何だよ」

「病魔の定義は」


 おっさんが言葉を切った。おっさんの前方に黒い穴が開いて、中から真っ赤な牛が現れた。角の先には炎をまとっている。


「あれが慢性胃炎の病魔だ」

「やっちまえ、おっさん」


 おっさんが太った体を揺らしながら牛に向かって走る。牛は突っ立ったままだ。おっさんが牛を上から真っ二つにしようと斧を振り落とす。瞬間、牛の体が傾いで、紙一重で斧を避け、おっさんの胴体に突進した。


「ぐへえ」


 おっさんが吹っ飛ぶ。牛の角がまとっていた炎で、チェックシャツが焼けていた。


「おっさん、大丈夫か」

「何のこれしき」


 牛は地面に刺さった斧に角を近づけた。斧が炎で包まれた。

「おい、武器が使えなくなっちまったぞ」

「武器は一つじゃないから大丈夫。戦闘医は最大五つまで武器を持てるからね。数に制限があるのは、データ容量の問題で」

「説明してる場合かよ」


 牛が頭を低くして突っ込んできている。

 おっさんの手元が光った。光がなくなると、手には手榴弾が握られていた。


「これで終わりだよ」


 牛がおっさんに激突した瞬間、爆炎が上がった。


「おっさーん」

「何?」


 おっさんがヘルメットを外しながら言った。


「うわっ。おい、本人にダメージとかねえのかよ」

「ないね。でもアバターが死んじゃうと、今まで積み上げてきた身体能力値と病魔耐性値がゼロになるから、歴戦の兵ほど引き際は見極めないと駄目だね」

「おっさんのアバター、死んじまったぞ。いいのか?」

「僕は弱小だから、大して影響しないよ」


 あれ? 話が違う。


「僕は強いよって言ってたじゃねえか」

「あれはその場のノリで言っただけだよ。僕が強いわけないだろう。それより、画面を見るといい。病魔が万能抗体を落としたはずだ」


 画面上の爆炎が消えて行き、赤い球体が現れた。


「万能抗体? また専門用語かよ。てめえら医者は専門用語使えば説明になると思ってやがる。分かりやすく言えよ」

「ゲームで敵を倒したときにもらえる経験値みたいなものかな。あれをアバターが食べると、身体能力値と病魔耐性値が上がるんだ。戦闘医の間でも、万能抗体なんて格式張った言い方はあまりしないかな。皆は、まんじゅうって呼んでるね」

「もう説明はいいよ。で、結果どうなったんだ?」

「治ったよ」

「ハ?」


 俺は頓狂な声を上げてしまった。


「患者はもう元気いっぱいさ。薬も術後経過も必要ない。すごいでしょ?」

「とんでもテクノロジーだぜ。まったく」


 こんなゲーム感覚で病気が治れば、苦労しねえじゃなえか。

 ん?


「なあ、おっさん。俺、マジでアホだったわ。ていうか、おっさんも医者の癖にアホ過ぎだわ」

「何何?」

「俺の白血病も、これで病魔ぶっ倒せば完治じゃねえか。よし、今すぐ準備だ」

「いや、それは」

「あ? できねーのかよ?」


 おっさんはハンカチを取り出し、額に当てた。


「ま、確かにおっさんの強さじゃ無理かもな」

「うん。分かってくれるかい?」

「だから、俺がやる」


 俺はおっさんの手からヘルメットをぶんどった。


「白血病魔とバトルするまでここを出て行かねーからな」


 おっさんは看護師と小声で相談した後、俺の肩を叩いた。


「じゃ、まずアバターを作ろうか」

「いいのか?」


 思わず訊いてしまった。こんなに簡単に許可が下りるとは思っていなかった。俺は戦闘医師免許も持っていないのに。


「戦闘医に関しては、アマチュアもたくさんいるからね。五十連勝したら戦闘医師免許がもらえるんだ」


 アバター制作は三十分ほどかかった。アバターには、俺の容姿をそのまま反映した。服装は学生服だが、普通の学生服ではない。学ランの丈は長く、膝まで届きそうだし、ズボンにはチェーンがついてる。学生帽には穴が空いている。


「武器はどうする?」

「いらねえよ。喧嘩は素手でやってきた。くそ病魔を思いっきしぶん殴ってやる」


 俺はヘルメットをかぶり、電脳フィールドに入った。

 緑色の大地がどこまでも広がっている。風まで感じる。仮想現実ってすげえな。


「今から鉄也君の体に病魔輸送ケーブルを刺すよ。ちょっとチクッとするからねー」

「え? まじ? いってえな、くそったれ」


 腕に痛みが走った。といっても注射と同じ程度の痛みだ。


 黒い穴が開き、白いアメーバみたいな物体が出現した。俺はおっさんがやったように、病魔に向かって走って行った。


 しかし、十歩も行かないうちに、転んでしまった。足に力が入らない。それもそのはず、俺の足はすでになくなっていた。


「何だよ? これ?」


 次は胴体が無数の塵になって消えて行く。


「おい、どうなっ――」


 画面が真っ暗になった。ヘルメットを脱いで、パソコンを見ると、Avatar is dead、と出ている。


「俺は、負けたのか?」


 おっさんがうなずく。


「強い病魔は、アバターを分解する特殊なウイルスを飼っているんだ。鉄也君のアバターはできたばかりで、病魔耐性値が高くないから、分解されちゃったんだ」

「触れもしねえのかよ。笑えるぜ」


 乾いた笑いが口からもれた。

 俺はヘルメットを投げ捨てて、診察室を出て行った。

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