第二十八話 「完敗」
アバターを全快させるまで五十分かかった。戦場に戻り初菜と病魔を倒し、また回復する。三体目の病魔を倒したところで、俺と初菜は診察室に呼び出された。
「順番が回って来たよ」
時刻は午後五時十五分。オールオペレーション終了まで一時間を切っている。俺と初菜の腕に病魔輸送ケーブルが刺される。
パソコン画面が二分割され、それぞれの病魔が各チームの前に出現した。俺と初菜のアバターは回復中のため参戦しない。
白血病の病魔はアメーバの形をしていて、宙に漂っている。レガルのチームとピルケのチームが病魔をとり囲んでいる。
「なあ、あいつら全員お前ぐらい強いのか?」
「チームリーダーのレガルとピルケは私と同じぐらい。他は私より劣る」
「いないけどキスシアは?」
「私より上よ。あの娘は特別だわ」
無駄口を叩き合っている内にも戦闘は続いている。銃弾がアメーバの体を貫通する。穴はものの数秒で閉じて行く。ツリガネムシと同じ再生機能だ。剣も火炎放射器も効果がない。
レガルが黄金色のハンマーを出した。柄が短く、前腕ほどの長さしかない。一方、横の画面でピルケが三叉の槍を出した。
「ミョルニルとトライデント」
初菜が呟く。
「何となくお前の数珠丸と同じ感じがするな」
「ええ。特殊効果付きの武器」
味方の援護射撃の中、レガルがアメーバに接近し、ハンマーをふるった。空が割れるような音と共に、画面が真っ白になる。色が戻る。アメーバの体の中を電流が走っていた。
ピルケは槍を地に刺すと、地中から水が出て来て、アメーバ―を水の球の中に閉じ込めた。槍がアメーバを一突きすると、水の色が紫色に変わった。
俺も初菜もおっさんも画面を凝視する。
電流に身をよじっていたアメーバが姿を変えた。人型だ。半透明の人間になったアメーバの腕は先がハンマーになっていた。
もう一体のアメーバは紫の水を自身の内側に吸い込み、やはり人型になった。右腕の先が三叉の槍になっている。
「まさか、学習したのか」
アメーバは膝を折り曲げると、次の瞬間には戦闘医の背後に移動していた。ハンマーで殴られた戦闘医は電流に悲鳴を上げながらデザートし、槍で刺された戦闘医は水の球に覆われながらデザートした。
「全員撤退だ」
レガルとピルケが叫んだ。が、アメーバはキスシアを彷彿とさせる速度で攻撃して回り、戦闘医の大半は傷を負って撤退となった。戦場には、俺と初菜の白血病魔だけが残った。
俺は腕を組み、解き、再度組む。出そうになるため息を胸元に閉じ込める。初菜も瞳を画面に向けたまま、黙っていた。
画面にレガルのアバターが現れた。チャットだ。
「勇次郎、初菜君、そして鉄也君、だっけか? すまない。我々の手に負える相手ではなかった」
「勇次郎って?」
「あ、僕だよ」
おっさんが手を挙げた。
「知り合いなのかよ」
「まあね。今日、治療の順番が回って来たのは、僕がレガルとピルケに無理を言ったからだよ」
「昔は勇次郎と馬鹿をやったもんさ。じゃ、俺はもう行くぜ。次の敵が待ってるから」
と言って、レガルは通信を切った。
俺と初菜は病魔輸送ケーブルを腕から抜いてもらう。
「ったく、白血病魔ってランクSSの病魔の中でも強いほうなんだな」
俺は意識して高めの声を出す。
「でも、勝つしかねえよな」
だって死んじゃうんだから。勝たないと。
初菜は何も言わず、立ち上がり、扉へ向かう。体は細く、今にも折れてしまいそうだ。俺の頭が熱く沸き立つ。棚の薬瓶を全部落としてしまいたいような気持ちだ。
「おい」
「何?」
初菜は振り返らない。
「もっと強くなって倒すぞ」
「何を?」
「白血病魔をだよ」
「あなたでは無理よ。そして、きっと私にも無理」
初菜の手が扉にかかる。あと一歩で廊下だ。
「俺とお前でなら?」
返事はなかった。扉が閉まる。長い黒髪の毛先が最後に少しだけ見えた。
「おっさんも無理だと思うか?」
おっさんは眼鏡を外して、白衣の裾でレンズを拭きだす。
「僕は患者さんに対して無闇に希望を語らないことにしている。だから、こう言うしかないかな。鉄也君と初菜ちゃん次第だよ」
俺次第ではなく、初菜次第でもなく、俺と初菜次第。答えとしては充分だった。




