第二十七話 「エリアSS」
午後から俺はメリケンサックを解禁した。武器無しでちんたら倒していたら、エリアSSに行くのが夕方になる。メリケンサックをつければ、大幅に時間を短縮できる。具体的には、午前中倒したキュクロプスと同じように一撃で撃破できる。
俺は三十分で二十体の病魔を倒した。
「おめでとうございます。エリアSでの撃破数が三十を超えたので、エリアSSへのアクセスが可能となりました」
AIの音声を聞きながら、俺は歩道橋に散らばるメデューサの残骸を足で払った。残骸は黒煙となり、煙は黒いまんじゅうとなった。俺はそれを一口で飲み込む。
「行くか」
俺はエリアSSへ飛んだ。
頭上は真っ暗の宇宙で、地面は白い。前方、左方、右方にクレーターがある。
「エリアSSは月面をイメージした空間ですが、重力は今までの空間と変わりません」
AIが説明した。
左のクレーターでは、六、七人の戦闘医が病魔と戦っていた。病魔は透明な筒の形をしている。連なる細胞は薄緑色だ。
「チームで戦っているなら、邪魔はしねえほうがいいか」
俺は別のクレーターへ移動した。そこでも十人以上の戦闘医が病魔と戦っていた。
「またかよ。まさか全員チームで戦っているとかか?」
「現在、エリアSSの戦闘医は全部で二十一名です。内、チームに所属していないのは二人です」
「その内の一人が俺だとすると、もう一人は初菜か」
俺は初菜のいるクレーターを探して回った。敵とは遭遇しなかった。戦闘医師会が病魔の数を調整しているのだ。
一際大きなクレーターの中央に初菜を見つける。交戦中だ。病魔は半透明で釣鐘のような形をしている。ランクSSの病魔は微生物っぽいな。
「プリオン病の病魔です。ツリガネムシを模しています」
初菜の刀がツリガネムシを幾度となく斬り裂く。ツリガネムシは真っ二つになっても、空中で合わさり、再生する。
「あんなの斬っても意味がないじゃないか」
「いえ、ツリガネムシの回復にも限度はありますから、有効です」
AIは弁護したが、初菜の不利は変わらない。ツリガネムシは回復しながら攻撃もしている。鐘の中からマグマや紫の煙や銃弾を発射しているのだ。初菜の着物は穴が空いたり、焦げたりしている。
三分程待ったが、状況は変わらなかった。俺はクレーターを駆けおりる。初菜の前に飛び出し、ツリガネムシに拳を放つ。ツリガネムシは軽くのけぞっただけだ。さらにもう一発打ち込むが、ツリガネムシの表面は柔らかく、ダメージが通らない。
ツリガネムシが炎を噴射した。俺は慌てて下がる。
「バカ。引っ込んでなさい」
「バカはお前だろうが。こんなの、一人で勝てるわけねえだろ」
炎が二股に分かれ、速度を上げた。俺も初菜も黙り、回避に専念する。炎は俺の動きを予測するかのように回り込んでくる。流石ランクSS。敵を追い詰めるにはどうしたらいいか、考えてやがる。俺はダメージ覚悟で炎に突っ込みながら後退する。
逃げ切ることはできたが、結局クレーターの縁まで押し戻された。敵は沈黙している。
初菜が近づいて来た。剣先を俺に向ける。
「邪魔だから消えてくれる?」
「あいにく他に敵がいないんだよ」
「他にも敵はいるはずよ。レガルのチームやピルケのチームに混ぜてもらいなさい」
ツリガネムシは攻撃してこない。力をため込んでいるのかもしれない。
「チームにはチームのやり方があるだろうよ。俺が行っても邪魔になる」
「あなたは今も私の邪魔をしているわ。いい? 戦闘医師会が四体目の敵を送って来ないのは、あなたを戦力と見なしていないからよ。もうエリアSに帰ったら?」
「だったら俺は俺の力を証明するだけだ」
俺はクレーターの深部へ突っ込む。
「待ちなさい」
初菜が後ろから追って来る。すぐ横に並んだ。
「打撃系の攻撃は効かないわ。私がやる」
「お前の剣だって訊いてるようには見えなかったぜ」
俺は鉄バットを出現させ、右手に持った。ツリガネムシはまだ動かない。俺はバットを真上から振り落とす。衝撃でクレーターが一回り大きくなり、中心部が深まる。塵と煙が混ざって大気中を流れてゆく。
「一発の破壊力なら俺の方が上だろ」
「そうかしら。私の本気を見たこともないくせによくそんなことが言えるわね」
「あーん? だったら本気出してみろよ。ランクSSの病魔相手に本気を出さない理由があるってのか?」
初菜が両手の刀を落とした。
「いいわ。見せてあげる」
そう言って初菜の手が光り、刀が現れた。柄に数珠が巻かれている。反りもあって、三日月のように見える。
「何だよ、結局刀か」
「ただの刀じゃないわ。数珠丸恒次よ」
「まあ今さら本気出しても遅かったかもな。さっきの一撃でツリガネムシは死んだと思うぜ」
やっと煙が晴れていく。クレーターの最深部に影。ツリガネムシが攻撃を受ける前と全く同じ姿で突っ立っていた。俺は顔を歪めて初菜を見やる。初菜は微笑していた。
ツリガネムシがマグマを吐き出した。量が尋常じゃない。空と地を覆うほどのマグマが津波のように押し寄せる。
「いったん退くわよ」
初菜の武器は刀だ。マグマを斬っても意味はないから、当然の判断と言える。けど、俺の武器は違う。
「うるせえ」
俺は鉄バットを地面に打ち付けた。地面が割れて行く。同時に衝撃波がマグマを反対側に吹き飛ばす。まだところどころマグマは残っているが、道はできた。
「さっさと行け」
初菜はもう動きだしていた。一瞬で敵の懐に入り込む。次の瞬間、ツリガネムシが斜めに斬れた。俺には剣の軌道が見えなかった。が、どんなに速く攻撃しても再生されては意味がない。
「さっきと何も変わってねえじゃねえか」
俺が叫ぶと、初菜がツリガネムシに背を向け、剣を地に突き立てた。何か言っているが、声が小さくて聞こえないので、俺は初菜のもとへ行く。
「もう終わってる」
見るとツリガネムシは再生できてなかった。初菜がさらに一太刀浴びせる。やはり再生はしていない。
「その剣の効果か?」
初菜はうなずきながら、剣を離した。
「この剣、数珠丸恒次がつけた傷は再生不可。未来永劫残り続ける」
「どうして初めから使わなかった?」
「強い効果には副作用がつきものよ。薬と同じ。数珠丸を持っている間、私のアバターは内部から崩壊を始める。私が数珠丸を使える時間は数秒。それも使った場合、デザートして回復を受けなければならないほど消耗する。要するに燃費がすごく悪い」
「連戦には向いていないわけか」
初菜の予定ではツリガネムシを倒した後も別のランクSSの病魔を倒す気でいたのだろう。
「ならお前はいったんデザートだな」
「あなたもね」
足がぐらついた。アバターの体に小さな穴が無数に生じている。
「あなたの病魔耐性値では、一時間も持たないようね。ランクSSの病魔が従えている菌は強力だから仕方ないけど」
初菜のアバターは穴一つ空いていない。これが俺と初菜の差か。
俺がデザートしようとすると、初菜が引き止めた。
「ほら、まんじゅう」
ツリガネムシが落としたまんじゅうを二つに割って、俺に差し出した。
「一応、助けてもらったし」
「何だよ。お前が素直だと気持ち悪いな」
初菜は俺の穴だらけの足を蹴ってから、戦場を離脱した。俺もまんじゅうを口に入れてから、戦場を去った。




