第二十三話 「遅すぎ」
キスシア。聞き覚えのある名前だ。確かテレビでこいつの戦闘を見たな。
「思い出した。初菜と同じぐらい強い奴だ」
「私の質問にも答えてほしいニャ」
キスシアはぶら下がったまま、体を左右に揺らした。
「弾田鉄也だ」
「じゃあ、鉄兄って呼ぼうかニャ」
「俺をどう呼ぼうがお前の勝手だ。とりあえず礼を言うぜ。助かった」
「ニャハハ。礼にはおよばニャいニャ。今日の私の役割は、エリアSの戦闘医のサポートニャのだ」
複数の敵に囲まれた戦闘医を助けて回っているらしい。
「せいぜい頑張れよ。じゃあな」
「じゃあニャじゃニャい。一つ質問いいかニャ?」
「ニャーニャーニャーうるせえな。何だよ?」
「さっき初姉の名前を出してたけど、知り合いニャのか? 鉄兄と初姉の関係を教えてほしいニャ」
キスシアも初菜を知っているようだ。トップレベルの戦闘医同士、交流があるのだろう。
「俺はあいつと同じ病院に入院してる。それだけだ。もういいか?」
「本当にそれだけかニャ?」
「知るかよ。俺は急いでんだ。速くあと二十九体倒さないと」
俺はキスシアに背を向け、駆けた。
喉に冷たさを感じた。ナイフだ。ナイフと喉が接している。背後からジャスミンの香りと声がした。
「急ぐ? 遅いニャあ。遅過ぎだニャ。この程度のスピードじゃエリアSSに行けても瞬殺だニャ」
「言ってくれるじゃねえか」
キスシアのナイフが一ミリ、喉に沈む。
「心して答えてほしいニャ。鉄兄は初姉をどう思ってるのかニャ?」
どうも思ってねえよ、と言ったらデザートと発する間もなく首が飛ぶ予感がした。
答えに詰まっていると、キスシアが言った。
「真実を教えてほしいニャ」
「どうして初菜にこだわる? お前こそ初菜をどう思っている?」
「質問を質問で返すニャ」
さらに一ミリナイフが沈む。
「俺は初菜を」
どう思ってる?
問いが心の湖に波紋を立てる。
「分からない」
「ニャ?」
「嘘だと思うなら殺れよ。でも、本当に分からねえな。どうして俺はあいつと関わっちまったんだろう」
キスシアは短く息を吐き、ナイフを喉から離してくれた。
「鉄兄は思っていたよりガキだニャ」
「てめえの方がガキだろうが」
「精神年齢のはニャしだニャ。でもまあ、私的には好都合だニャあ。とにかく、初姉をニャかせたら、このキスシア・リリエットが黙っちゃいニャいのだ」
爆発音が聞こえた。道の先にある塔が倒れていく。
「派手にやってるニャあ。私、そろそろ任務に戻らニャいと」
「おう。戻れ戻れ」
キスシアは初菜に心酔しているみたいだし、これ以上関わらない方がいいだろう。初菜の味方は俺の敵だ。
「もしピンチにニャったら、世界一かわいいキスシアたん、助けてーって叫んで欲しいニャ。すぐ駆けつけるから」
「叫ぶかよ、バカ」
キスシアの姿はすでになかった。




