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電脳戦場の白血病魔  作者: 仙葉康大
第三章 祭り
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第十八話 「ウインナーロール」

 夕方、倒れた初菜を見舞いに行くと、病室から出てきたのは、大人の女性だった。三つ編みにした髪が肩に垂れている。着ているリネンのシャツからはパンのいい匂いがした。


「あらら。もしかしてあなたが鉄也君かしら?」


 俺はとりあえず頷く。俺が鉄也で、鉄也が俺だ。


「初菜から話は聞いてるわ。さ、入って入って」

「ちょっとお母さん。どうしてその人を病室に入れるの?」


 初菜の声が耳を突き刺す。午前中倒れたにしては随分元気だなと思ったのも束の間、初菜が咳き込み始める。おふくろさんが駆け寄り、背中をさする。


「おとなしくしてろよ。本気で嫌なら出て行くぜ」


 咳の落ち着いた初菜は黙ってしまった。視線を俺に送っては外しを繰り返す。おふくろさんだけが笑っていた。


「私、お邪魔かしら?」


 俺と初菜は二人そろって否定する。


「で、何?」


 初菜が病魔と戦っているときと同じ目つきで俺を見る。


「丸井のおっさんがよ、ここを二人部屋にするって言ってんだよ」


 初菜の首がわずかに傾ぐ。


「今日、倒れたんだろ?」


 病人同士だから気を遣う必要はなかった。


「看護師が見つけるまでけっこうかかったんだってな」


 初菜は窓の外をみつめたまま、黙っている。


「だから、この部屋に俺を移らせるっておっさんは言ってたぜ」

「どうして私があなたと同じ空気を吸わなきゃいけないのよ」

「あらあらあらあら」


 おふくろさんが俺と初菜を交互に見る。


「でも確かに一人だと心配だわ」

「お母さん。こんな男と同じ部屋で生活する方を心配してよ。私、嫌だから」

「俺だって嫌だよ」

「何ですって」


 初菜の目が一層鋭くなる。並の生物は動けなくなるような視線だが、俺は違う。すでに耐性がついている。


「おっさんには俺から言っとくよ。無しだって」

「あらそう?」


 おふくろさんは足元に置いてある紙袋からタッパーを取り出した。中には小さなウインナーロールパンが詰まっていた。一つ取って俺に差し出す。


「どうぞ」

「どうも。もしかしてこれ、手作りすか?」


 パン屋で買ったのなら、タッパーではなくナイロン袋に入っているはずだ。


「ええ。私はパン、主人は洋食。今度、初菜と二人でいらっしゃいな」

「はあ」


 今度、か。白血病患者に未来の話をするおふくろさんは無神経ではなく、純粋なのだと思った。もしくは治ると信じているのかもしれない。


「さっさと食べれば。お母さんのパン、おいしいから」


 初菜も前を向いたままパンをかじっていた。心なしかいつもより目の輪郭が柔らかい。頬も桜色に色づいている。


 ウインナーロールパンを食べる。ウインナーの味は濃すぎず、パンの味はほのかに甘い。味を押しつける感じがなくて、口当たりがよく、胃に負担がかからない感じがする。何個でも食べれそうだ。


「おいしいっす」

「あらそう? よかった。人間、食べ物がおいしいのが一番よね」

「ごちそうになりました。じゃあ、俺はこれで」

「待ちなさい」


 初菜が言った。


「お母さん、あれ、一つあげて」

「あら、この子ったら。デレデレじゃないの」


 初菜は顔を真っ赤にしておふくろさんに反論したが、おふくろさんは受け流しながら別のタッパーを開けて、俺にメロンパンを渡した。


「いいのかよ。好物だろ?」

「おかあさん、私が食べきれないほど作って来るんだもん。仕方ないでしょ。ほら、さっさと帰ったら」

「かわいくねえな」

「かわいくなくてけっこう」

「あらあらあらあらあら」


 俺はメロンパンを食いながら、おっさんのもとへ向かった。


 診察室では、おっさんがパソコンのディスプレイを凝視しており、声をかけれる雰囲気ではなかった。後ろからのぞき込むと、美少女キャラたちが仲睦まじく温泉に浸かっている動画が見えた。


「勤務中にアニメ、見てんじゃねえよ」

「あはは。休憩中だから許して」


 おっさんはアニメを一時停止した。


「初菜ちゃんとの交渉、うまくいったかい?」

「いくはずねえだろ。無理なものは無理」

「どうしても?」


 俺はうなずく。


 問題は残ったままだ。個室で倒れた場合、ナースコールを押す余裕がなかったら、看護師が気づくまでに時間がかかる。


「看護師の巡回を増やすよう言っておくよ」

「すまねえな」

「いいよいいよ。幸い、今は入院患者の数も多くはないから」


 病室に帰ろうとしたら、チラシを渡された。「院内七夕祭り」という大きな字が目に入った。


「外出許可が出る人は市が主催の七夕祭りに行けるけど、出ない人はつまらないからね」

「当然、俺に外出許可は出ないよな」

「そりゃあ、昨日、いきなり倒れた病人を人でごった返すお祭りに行かすわけにはいかないよ」


 つまり、今日倒れた初菜も当然、市の七夕祭りには行けない。仕方ないな。病を患うと仕方ないが増えて行く。


「ま、現実の祭りはおまけみたいなもんだしな。俺は仮想現実の祭りで暴れてやる」

「オールオペレーションデイ、同じ日だもんね」

「世界中から戦闘医が集まるんだろ? 順位とか優勝賞品とか出るのか?」

「どちらもないね。順位をつけたり商品を設けたりしたら、戦闘医同士で争いになるでしょ?」


 システム上は戦闘医同士の戦闘も可能なのだ。もちろん、戦闘医師会は特殊な条件下以外での戦闘医同士の戦闘を禁止している。


「つまんねえな。せっかく初菜と勝負できるかと思ったのに」

「勝負するんじゃなくて協力しなよ」

「無理に決まってるだろ」

「無理ばっかだね」


 おっさんの言う通りだ。無理なんだよ。何もかも。というわけで、初菜と同部屋で生活する話は立ち消えになった。


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