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電脳戦場の白血病魔  作者: 仙葉康大
第三章 祭り
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第十七話 「足りない」

 翌日、蓮見先生がピアノのレッスンをしに来てくれた。

 ホールのピアノでブラームスのピアノソナタ第一番ハ長調を弾く。


「フォルテが強すぎない? それじゃあ、フォルテッテッシモだよ」


 蓮見先生はピアノの横にパイプ椅子を出して座っている。ノースリブの服から伸びた細腕が鍵盤を叩いて、手本を示す。


「鉄也君、何かイラついてる?」

「別に」


 俺はもう一度弾く。


「次は音量が小さすぎかな。でも、テンポはキープできてる。ミスタッチもないし。音量だけおかしい」


 俺はため息をつく。今日のレッスン、気分が乗らねえぜ。


「じゃあ、フォルテとかピアニッシモとか気にしなくていいよ。退きたいように弾いてみて」

「いいのかよ?」


 蓮見先生は昔から楽譜を大事にする人だった。楽譜以外のことをやりたければ、まず楽譜通りに弾けるようになってからにしなさい、と何度も言っていた。


「いいよ。今日は作曲者の意向は無視して、鉄也君の意向を尊重する」


 俺は何も考えず指を思うまま動かした。白血病とか初菜とか余命とかが頭から吹っ飛ぶぐらい集中した。


「うん。悪くない。美姫ちゃんに聞かせたいぐらい」

「どうしてそこで美姫が出てくんだよ」


 宮崎美姫。俺のピアノのライバルだ。コンクールの成績はだいたいいつも俺より上。演奏は、音が派手で華がある。しかも基礎をちゃんとやってるから、本番でもブレない。


「最近調子が悪いの。迷ってるみたい」

「迷うって何に?」


 蓮見先生の表情が固まった。


「何でもない。レッスンの続きやりましょう」


 蓮見先生が帰った後、病室で病魔と戦っていると、おっさんが来て言った。


「鉄也君、強くなる方法、考えてきたよ」


 そういえば、昨日、おっさんに、初菜より強くなる方法を考えろ、と頼んだのだった。

「複数同時操作型ヘルメット、使ってみない?」

「何だよ、それは?」

「アバターを同時に二体、操作できる戦闘医用ヘルメットだよ」


 二体、同時に操作できるなら、成長速度も二倍だ。


「そいつはいいや。すぐ持ってきてくれ」

「でも、条件があるんだ」


 おっさんの丸い顔に笑みが浮かぶ。


「今日から隣の部屋で生活してくれるかな?」

「隣って? どっちの?」

「もちろん、初菜ちゃんの方だよ」

「話にならねえ」


 俺がヘルメットをかぶり直そうとすると、おっさんが止めた。


「どうして俺があいつと生活しなきゃなんねえんだよ」

「今日の午前中、初菜ちゃんが倒れてたんだよ。でも、ナースがすぐには気づかなかった。十分以上放置」

「倒れた後じゃ、ナースコール押せねえもんな」

「そういうとき、病室にもう一人いたら押せるでしょ。君も昨日倒れたし、ちょうどいいから、二人一緒の病室にしちゃおうと思って。幸い、初菜のちゃんの使っている個室はもともと二人部屋だったから、勝手がいいんだ」


 だからって、どうしてよりにもよって俺と初菜なんだ。お互いストレスで余命が縮む気がする。


「初菜の了承はとったのかよ?」

「いや、まだ。これから」


 おっさんはハンカチで額の汗を拭く。


「無理だと思うぜ。少なくとも俺じゃない。初菜には別の患者と同室になってもらえよ」

「いやいや、鉄也君が一番可能性あるんだよ」

「なんでだよ?」

「初菜ちゃんが君以外の患者と会話してるところ、見たことある?」


 なかった。思えば、初菜はいつも一人だった。好物のメロンパンを食べるときでさえ、笑顔にはならない。


 初菜と同室になるかは置いておき、俺は複数同時操作型ヘルメットを試しに診察室に行った。


「脳にかかる負荷が単純計算で二倍だから、ほとんどの人は使いこなせないんだ」


 おっさんがヘルメットを取り出す。俺がいつも使っているのとは違って、電極が二本生えている。


「でも鉄也君、ピアノ弾けるでしょ。右手と左手を同時に別々に複雑に動かせる。だから、可能性があると思ってね」

「初菜はできたのか?」

「無理だったよ」


 初菜にできないことが俺にできるのだろうか。やってやるという気持ちと無理だと言う気持ちがないまぜになる。


 ヘルメットをつけると、視界が左右で別れた。アバターが二人立っている。二つのアバターに同じ動きをさせることは簡単だった。


「別々に動かせるかい? ピアノを弾く感覚を使ってみて」


 俺は右手と左手で膝を叩きながら、アバターを動かす。右の視界のアバターはキック、左の視界のアバターはパンチ。


「あれ? できるぞ。楽勝じゃねえか」

「すごいよ。じゃあ、そのまま病魔を倒してみよう」


 Cランクの病魔を二体同時に倒し、続いてBランクの病魔も倒せた。


「頭が痛いとか体がだるいとかない?」

「ねえよ。でも、一つ問題がある」

「何だい?」

「これじゃ、足りない。十体同時に操作できる奴、ねえの?」


 おっさんが絶句した。


「あるけど、高価なものだから院内にはないし、そもそも無理だよ。十体同時操作なんて」

「あのなあ、おっさん。ピアノを何本の指で弾くか、知ってっか?」


 おっさんの唇が歪んでいく。もちろん、への字にではなく、U字に。


「分かった。十体を同時に操作できるヘルメット、取り寄せるよ」

「金は宛てがあるから、そいつに払わせるぜ」

「宛てって誰だい?」

「くそ親父だよ」


 病室に戻り、電話をかけると親父は二つ返事で了承した。


「他に望みがあるなら言え。冥土の土産に叶えてやる」


 と言って、すぐ電話を切った。仕事中毒の馬鹿め。だから、母さんに逃げられるんだ。でも、仕事中なのに俺からの電話に出やがったよ、あの馬鹿。


 十体同時に操作できるヘルメットが来るまでは、二体同時操作型へルメットを使うことになった。後の問題は、初菜だ。

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