第十六話 「来週まで」
痛みで目が覚めた。途端、痛みは消えていた。
「大丈夫?」
おっさんの顔が見えた。
「吐いた後、倒れていたんだよ」
「あー、覚えてるわ。吐いた吐いた。そうか。倒れたのか、俺」
もしかして俺の考えている以上に俺の体はやばいのかな。
「今はどう? 体のどこか痛む?」
「手足の先にしびれが少し。痛みはない」
「気分は?」
「悪くねえよ」
おっさんは「うん」と相づちを一回だけ打って、カルテに何か書き込んでいる。ボールペンが紙にこすれる音がやけに大きく聞こえやがる。
「よくナースコール押せたね」
「タイミングがよかったんだよ。自分でも倒れるなんて思ってなかった」
「個室の恐いところだよね。これからのことを考えると、何か対策を立てないといけないかも」
看護師の巡回があるのは、主に夜で、昼間は数えるほどしか巡回がないのだ。倒れて、三十分以上放置もあり得る。
「今日は一日安静にしてね。病魔との戦闘も駄目だから」
「じゃあ何すればいいんだよ」
「ベッドの上でおとなしくしてるのが理想だね。本読んだり、テレビ見たりするのはいいよ」
俺が診察室を出ようとすると、
「看護師に見回りに行かせるから。絶対、病魔との戦闘は駄目だよ」
おっさんが釘をさした。お見通しかよ。
「わーったよ」
夕食までテレビを見て過ごした。漫画雑誌も読み返した。ピアノを弾きに行こうと思えば、看護師に止められた。
夜になって、流架から電話がかかってきた。
「丸井先生から聞きましたよ。倒れたって。大丈夫ですか?」
「心配ねえよ。今日一日、何もできなくて退屈してたところだ」
「じゃあ、ゲームでもやりますか? オンラインで」
三十分ほどオンライン対戦ゲームをして、俺は流架に全敗した。
「そう言えば、来週のお祭り、参加します?」
もう電話を切ろうかと思っていたら、流架が言った。
「何の? ここらで祭りがあるのか?」
「まあ、葉ノ池市のお祭りもありますけど、そっちの話ではありません。戦闘医の方です。オールオペレーションデイですよ」
日本語に訳すと全手術日。意味わからん。俺は流架に説明を求めた。
「簡単に言うと、特別フィールドに世界中から戦闘医が集まって、世界中の患者の病魔と戦う日のことです。戦闘医の間では有名なお祭りですよ」
「知らんかったわ。お前は出るのか? いや、戦闘医続けてねえか。ヘルメットとか持ってねえもんな」
「一応、続けてます、戦闘医。退院祝いで戦闘医用ヘルメットを買ってもらったんです。だから、困ったときには呼んでください。援護射撃しますんで」
チームという言葉は出なかった。お互い、チームでやろうってタイプじゃねえしな。いつでも力を貸すという協力関係に過ぎない。その方が気楽でいいや。
「じゃあ、祭りの日はどっちが多く病魔を倒すか勝負だな」
「望むところです」
電話を切る。
もう消灯時間だった。部屋の明かりを消して、来週の祭りにがどうなるか、考える。十中八九、初菜も参加するだろう。でも、俺は初菜の競争相手になれない。力の差があり過ぎる。どころか、来週まで生きているかさえ、分からない。




