第十五話 「親父」
食堂で、おっさんと夕食を摂りながら、俺は胸中を吐露した。
「初菜ちゃんより強くなるのは、うーん、どうだろう。無理ではないけど、無茶かもしれないね」
「何かいい方法ねえのかよ。おっさん、医者で頭いいんだから、考えてくれよ」
「僕は勉強ができるだけで、頭がいいわけじゃないんだけどな。でも、考えておくよ」
午後、珍しく親父がお見舞いに来た。
「時間ができたから来てやったぞ」
「白血病の息子にかける言葉じゃねえな」
親父のスーツには向日葵を模したバッジが付いている。弁護士バッジだ。
「元気でやってたか?」
「元気なわけねえだろ。もういい。帰れよ」
「お前に言われなくてもあと少しで帰る。十四時から依頼主との打ち合わせがある。ところでお前、心残りはないか? もう先も短いだろう。望みがあるなら言え。叶えてやる」
俺は中指を立てて、「帰れ」と命じる。親父は笑顔で、しかし、声は出さずに出て行った。親として壊れてやがる。父親失格。まあ、息子の方も合格とは言えないから、お互いさまか。
ふと吐き気が襲って来た。洗面台に向かうが、途中で吐いてしまう。ちくしょう。気分の悪さも収まらない。胸が酸で溶けていくような錯覚に陥る。俺はナースコールを押し、自分が吐いたことを伝え、片付けの手伝いを頼んだ。
口をゆすいで、顔もついでに洗う。冷蔵庫からペットボトルを出して、水を飲む。吐瀉物の匂いが鼻をついた。
親父の言う通りなのだ。長くは生きられない。でも、白血病魔さえ倒せれば、望みはある。望みがあるどころか、完治だ。笑えるぜ、まったく。
体の力が抜け、硬い感触が頭を打ち、目の前が真っ暗になった。
暗闇は長くは続かなかった。
地平線から太陽が昇り、緑の大地に座り込んでいる俺を照らす。
「メロンパンは?」
後ろから声がかかる。初菜がパジャマ姿で立っていた。
「ねえよ」
初菜の手が飛んで来て、俺の頬をひっぱたいた。




