第十三話 「別れの曲」
その日から、一日のほとんどを病魔との戦いに費やした。倒した病魔の数が三百を超えた辺りで、俺はどの身体能力を上げるか、一考した。防御力や攻撃力も必要だが、速度と動体視力がなければ、戦闘にすらならないだろう。そこで、俺は気管支喘息の病魔を百体倒すことにした。一度、倒したことのある病魔だし、まんじゅうを二つ落とすから、効率もいい。
四百、五百、と連勝記録は伸びていった。が、不思議なことに、俺が五百連勝を達成した時、流架の野郎も五百連勝を成し遂げていた。
病室からスカイプを流架につなぐ。
「もう五百連勝ってどういうことだよ? お前、数え間違いしてねえか?」
「してませんよ。僕が天才なだけです」
流架は顎を突き出して笑っている。
「今はいい気になってろ。明日は俺が鵺を仕留めてやる」
「あなた程度では」
流架が急に黙り込んで、頭を押えた。息が荒い。
「おい、大丈夫か。すぐ看護師を呼ぶ」
俺は自室からナースコールを発し、流架の病室番号を告げ、急行してもらった。俺も様子を見に行くと、流架はベッドに横になって落ち着いていた。
「心配いりませんよ」
「心配なんかしてねえよ」
俺は自分の病室に戻って、消灯時刻まで病魔を倒せるだけ倒した。
朝、机の上にメモが置いてあった。俺はメモの習慣なんてない。つまり、誰かが侵入しやがったということだ。首を傾げて、メモを見る。
鵺の攻撃は射程が短いわ。集中すれば、避けれない攻撃じゃない。二人がかりでやるなら、前衛が鵺を引きつけて、後衛が射程の長い武器で攻撃しなさい。あと、尻尾の蛇の毒には注意すること。
内容と文体から察するに初菜だろう。こんな回りくどい真似しないで、直接言えばいいのに。でも、助かる。
午前の診察が終わる時間に、俺は内科の診察室に向かった。流架はもう来ていた。
「フィールドの広さ、どうする?」
おっさんが訊いた。チーム戦の場合、広いフィールドを選べるのだ。チームと言っても二人だけなので、中サイズのフィールドにした。
俺は流架に初菜の立てた作戦を伝えた。
「では、僕が後衛ですね」
ヘルメットをかぶり、電脳フィールドに立つ。流架のアバターは、本人と同じくチビだった。服装は上下とも軍服だ。両手が光り、武器が出た。銃だ。
「それ、お前がFPSで使ってたやつじゃん」
「アサルトライフル、SIG SG550ですよ」
「鉄也君、流架君、もう敵を呼んでもいいかな?」
「いいぜ」
俺は鉄バットを出した。
空間に黒い穴が開き、鵺が出てきた。サイズは流架より大きく、俺より小さい。
「制限時間は五分だよ。四分半を越えたら、デザートすること。いいね?」
「了解」
俺は鵺に向かって走る。鵺は突っ立ったままだ。鉄バットを振り上げ、頭を狙う。鵺は片手でバットを振り払い、もう一方の手を俺の腹に突き出す。俺は相手の突きの衝撃を利用して後方へ飛ぶ。鵺の追撃。銃声。銃弾が鵺の頬を掠り抜けていく。俺はバットを体の前に出してガードを試みる。が、鵺の手がバットの下から俺の腹を突き刺した。
「いてえけど、見えてるぞ」
鵺の攻撃は見えている。でも、速さに対応できない。ならば、逃がさなければいい。俺はバットを離して、両手で鵺の手を掴み、自分の腹に食い込ませた。腹の中のものがねじ切れそうだ。
流架が横に回り込んで、アサルトライフルからマシンガンに武器を変え、連射した。鵺の頭と胴体に銃弾がめり込んでいく。手足を狙わないのは、ダメージを与えてもどうせ再生するからだ。
鵺が虎と蛇と猿の声が混じったような叫びを上げた。手を振り回し、俺を吹き飛ばそうとする。
「意地でも離れねえぞ」
鵺が空いている方の手で俺の頭を刺そうとした。が、銃弾が手を弾いた。
鵺は俺を引きずりながら、流架に向かっていった。激しい動きで生じる振動が腹をえぐる。痛みで意識がとびそうになる。
「流架ー、撃ちまくれー」
流架は距離を取りながら、マシンガンを撃ち続けた。しかし、鵺は弱まる気配を見せない。俺も限界が来て、鵺を離してしまう。攻撃を受けていない箇所にも穴が空き始める。
「予想より鵺の飼っている菌が強い。もう一分も持たないよ」
おっさんの声がした。
俺は地面を這って行って、バットを掴み、杖にして何とか立ち上がる。
流架を攻撃している鵺に向かって鉄バットを投げる。が、届かない。
「こっちだ、くそ野郎」
鵺が流架を蹴り飛ばした。流架はもう死に体だ。俺一人で倒すしかない。
目の前に鵺が迫る。俺はメリケンサックを装備する。作戦なんてもうない。力の限り殴るだけだ。
鵺の動きは速く、俺の拳は掠りもしなかった。血を吐きながら、攻撃を受ける。ふと、攻撃が緩んだ。鵺が目をこすっている。俺の吐いた血が付いたらしい。閃いたぜ。
「流架ー、目を狙えー」
俺は鵺の体にしがみつく。動きは止まらないが、しないよりましだろう。流架が武器をスナイパーライフルに変えて、撃った。弾丸が鵺の片目を貫く。
「もう一発」
鵺の殴打に俺は崩れ落ちる。
「目は潰しましたよ」
「鉄也君も流架君ももう限界だ。離脱するんだ」
「仕方ねえ。流架、離脱するぞ」
遠くで流架のアバターが消えて行く。
鵺は目を押さえて動き回っている。好機だ。
「鉄也君も早く離脱するんだ」
「するさ。殴られた分、返してからな」
俺は体中の力を振り絞って立ち上がり、メリケンサックを付けた拳で鵺に殴りかかった。右ストレート、アッパー、ジャブ、フック、また右ストレート。全て顔面に決めたやった。鵺は無闇に腕を振り回すだけだから、俺には当たらない。調子に乗っていると、蛇に腕を咬まれた。やばい。毒が回る。
「何してるんですか。早く離脱してください」
「あと十秒ももたないよ。早く」
ちくしょう。鵺の野郎、かてえな。どんな防御力してんだよ。
「デ」
俺がデザートと言おうとした瞬間、空間に白い穴が開いて初菜が出てきた。と思ったら、鵺がミンチになっていた。
「ザー」
鵺の落とした黒いまんじゅうを初菜が俺の口に押し込む。
「ト」
前方に白い穴が空き、初菜は中に消えて行った。
俺のアバターも戦場から離脱した。
ヘルメットを脱ぐと、流架が泣いていた。声を上げてはいない。ただ涙を流すばかりだ。
「よかったじゃねえか」
俺は流架の頭に手を置き、髪の毛を乱した。
「ありがとう」
「初菜に言えよ」
「初菜さんにも言います。でも、まずはあなたに言いたいんです」
「そうかよ。達者でな」
流架はおっさんに連れられて、検査を受けに行った。病魔の撃破は完治を意味するが、念のためだろう。
俺は診察室に残って、先程の記録動画を見返した。初菜が登場してから、去っていくまでをスローで見る。初菜の着物は穴が空いたり、切れていたり、焦げていたりしていた。頬からは血が滴り落ちているし、腕や足には切り傷とあざがたくさん。おそらく、回復する時間を削ってまで、依頼をこなしているのだ。
「借りができちまったな」
俺は初菜に聞こえるはずもないのに、そう呟いた。
ポケットの中で携帯が震えた。電話に出ると、おっさんが言った。
「流架君の退院、決まったよ」
「そうか。見送りとかしねえから、よろしく伝えといてくれ」
おっさんが何か言っているが、電話を切る。
俺はホールに行き、ピアノを弾いた。曲はショパン作曲、練習曲作品10第3ホ長調だ。別名、別れの曲。




