第十二話 「刀馬鹿」
おっさんに電話をかけて、流架の病室番号を聞き出す。ついでに戦闘医専用ヘルメットが余っていることも確認する。
流架の病室に行った俺は、前置きなしで言った。
「お前、戦闘医になれ。俺とチームを組んで、小児癌の病魔を倒すぞ」
「何言ってるんですか?」
流架の病室は個室だ。設備は俺の部屋と同じ。違いと言えば、床にゲーム機が置いてあることぐらいだ。
「いいから。やるんだよ。今からおっさんとこ行って基礎基本を教えてもらえ」
「命令しないでください。なぜ僕が? だいたい、今から戦闘医になったって小児癌を倒せるわけがない」
流架が手元のゲーム機を顔に近づける。
「倒せる。俺とお前なら」
「根拠は何ですか?」
「根拠なんてない。やるっつったらやるんだよ」
「あなた、イカレてます。一人で勝手にどうぞ」
他人事じゃねえんだぞ。クソガキ。俺は流架からゲーム機を取り上げる。
「何するんですか? 返してください」
「ゲームは楽しいか?」
「楽しいに決まってるじゃないですか」
嘘だ。ゲームをやっている時も、自分はあとどれぐらい生きてられるか、気にかかっているはずだ。
「俺は全然楽しくねえ」
「弱いからです」
ゲームの対戦で、俺はまだ一度も流架に勝てていない。
「お前の言う通りだ。俺は弱い。でも、日々テクニックを磨いて強くなってんだよ。今はまだお前に勝てねえけどな、一か月後とか半年後なら勝てるかもわかんね」
「何が言いたいんです?」
「俺がゲームの腕を上げて、お前に勝てるようになっても、お前がいなかったら、意味ねーだろうが。対戦は、二人いねーとできねーんだから」
流架の唇の端が下がった。
俺は言いたいことを言ったので、自分の病室に帰った。後は知らん。流架が戦闘医になってもならなくても、俺のやることは変わらない。
治療依頼を片っ端から受けた。一人でも小児癌の病魔を倒せるぐらい強くなってやる。
翌朝、メールが届いた。おっさんからだ。
――流架君、戦闘医になるって。
動画ファイルも添付されていた。予想通り、初菜が小児癌と戦ったときの映像だった。俺は朝食を食べながら、戦闘を見た。
小児癌の病魔は、頭が猿で、胴体が狸で、手足が虎、尻尾が蛇だった。ネットで検索をかけて分かったのだが、鵺というらしい。
鵺は翼もないのに、空を飛び、初菜めがけて突進した。初菜も最初は躱すので精いっぱいの様子だったが、徐々に反撃し出した。
十分以上にわたる攻防の後、初菜の刀が鵺の片腕を斬り落とした。が、次の瞬間、鵺の肩から腕が二本生え、初菜を殴り飛ばした。
俺は箸を止めた。再生能力プラス強化とか反則だろ。
鵺が雄叫びを上げながら、初菜を追う。初菜は先程より速く刀を振るう。鵺の手足が飛んで行き、すぐさま新しいのが生えてくる。
「きりがねえぞ。武器使え、武器。刀以外、何かあんだろ」
初菜の手元が光った。武器出現前の光だ。光が消え、現れたのは、刀身の青白い日本刀だった。
「また刀かよ」
まさか、刀馬鹿か。
初菜は左右で一本ずつ刀を持ち、二刀流となった。
手足が全部で八本以上ある鵺が初菜を襲う。初菜は体を回転させながら、二本の刀で幾度も鵺を斬りつけた。単純に考えると、二刀流は倍の手数。もはや鵺の再生は間に合っていなかった。手足と胴体が細かい肉片になっていく。
「やりやがった」
俺が勝利を確信したとき、初菜の背後に蛇が映った。まだだ。鵺はまだ死んでいない。蛇は初菜に忍び寄り、足首に噛みついた。初菜は目を見開くと同時に自分の足ごと蛇を斬った。ため息をつき、
「デザート」
と言って、戦場を離脱した。おそらく蛇の毒を抜くためだろう。回復にどれぐらいかかるのだろうか。謎だ。
鵺が黒いまんじゅうを落としたが、初菜は回収できなかった。鵺の毒は速効らしく、すぐに対処しないとアバターが死ぬらしい。
動画の最後に、「なお、今回の動画では、戦闘の速度をいじっています。無加工の戦闘を見たい方は、本動画を三倍速で再生してください」とあった。
「あり得ねえだろ」
俺は首を振りながら、フルーツヨーグルトを食べた。
昼休み、俺とおっさんと流架は診察室に集まって作戦を練っていた。
「とにかく、今は病魔をたくさん倒すのがいいね。病魔耐性値を上げないと、鵺の前に立った途端、アバターの体が崩れちゃうから」
「目安はどのぐらいですか?」
「五百体病魔を倒せば、五分は持つと思う」
「俺は今、二百連勝中だから、二分か」
二分で鵺を捌くのは無理がある。というか、五分でも無理だ。逆に鵺は五秒で俺と流架を殺せるだろう。
「正攻法じゃ無理くせーぞ。流架、何かいい戦術、ないのか?」
「再生能力はどうにかできると思います。でも今の状況だと、アバターの身体能力と鵺の身体能力に差があり過ぎです。丸井先生の言うように、病魔をたくさん倒して、強化を図るしかないと思います」
「やっぱ地道にやるしかねーか」
初菜のビンタを思い出す。頬に痛みが蘇りそうだ。
「流架君が五百連勝したら、一回、挑戦してみよう」
方針が決まった。




